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教科書の右か左か議論は不毛

新学期が始まってからだいぶ時間が空いてしまったが、歴史教科書の採択を巡る報道について、遅ればせながら触れておこうと思う。

2016年度の新学年が始まる半月ほど前、「慰安婦」についての記述があることで賛否を呼んだ「学び舎」社の歴史教科書を有名私立・国立中学がこぞって採択したことに批判的な論調の報道があった。

http://www.sankei.com/life/news/160319/lif1603190015-n1.html

検定教科書なんてそもそもいらない。教科書に書いてあることを「真実」として覚えるのが目的ではなく、教科書に書いてあることをもとにして「真実」に近づく方法を学ぶのが教育なのだから。極論すれば、教科書なんてなんでもいい。

少なくとも記事に出てくるような学校の生徒たちは教科書に書いてあることが全部「真実」だなんて鵜呑みにしない。先生たちもそのつもりで、教科書に書かれていることを「真実」として教えるのではなく、それを材料として、「考え方」を教えている。

教科書は教えるための材料に過ぎず、その内容すら疑ってかかるのが健全な批判的思考。どんな教科書を選んだって、彼らは自分たちでちゃんと学ぶ。右か左かなんてどうでもいい。「子供をなめるな。先生をなめるな。学校をなめるな」と言いたい。

採択された教科書が右だの左だのと目くじら立てる人は、教科書を丸暗記することが勉強だと思って生きてきた人なのではないだろうか。

本当なら全然違う視点から書かれている教材を複数使うのがいい。そのほうが物事を立体的に見ることができる。教材とは本来そういうもの。「検定教科書」という概念がそもそもおかしいのは、それが「国が認めた『真実』」であるかのように見えてしまうこと。

それこそこの教科書を開いて、「この教科書については賛否があるんだ……」と授業を始めて、それぞれに資料をあたり、発表し、議論すれば、それがいちばんのアクティブ・ラーニングである。そもそも「真実」なんて立場によって変わるものだから。

公立は教育委員会が、私立・国立は学校が、使用する検定教科書を選ぶ。今回のことから浮かび上がってくるのは、公立と私立・国立とでは、教科書選びの視点が違うのではないかということだ。

公立の場合「教え込む『事実』としてどの教科書の記述が最も中立性が高いか」で選ぶ傾向があるのではないか。もっと端的に言えば、「政治的に無難なのはどれか」という視点で選ばざるを得ない状況にあるということかもしれない。

しかし私立・国立の場合、「どの教科書を使えば活発な議論ができるか」という視点で選ぶ傾向があるのではないだろうか。だとすれば、世間的に賛否を呼び話題になった教科書を選ぶのは当然のこと。「この教科書は賛否があるんだ。どこが論点だと思う? どんな意見があったと思う? 新聞記事などを調べてみて、自分の考えは?」などと展開できるから。

教科書に書かれていることすら疑ってかかるのが、歴史教育の醍醐味。実際、今回の報道に名前が登場するような私立・国立の学校では、検定教科書なんて参考程度にしか使わないということを、昨年9月、「塾と教育」という塾業界誌の連載で書いた。一部を抜粋する。
勉強とは、学習とは、学びとは、そもそもアクティブでなければ成り立たない。当たり前だ。アクティブ・イーティング、アクティブ・ドリンキング、アクティブ・ウォーキングなどとは言わない。それなのに、今ことさらアクティブ・ラーニングなどという言葉がもてはやされているということは、強制を前提とした教育が跋扈していることの裏返しでしかない。

アクティブ・ラーニングを阻害する要因の一つに検定教科書問題がある。そこに国家からのお墨付きを得た「答え」が書いてある。入試では、国家からのお墨付きを得た「答え」を書かないと不正解にされる。それではわざわざ回り道をして自分なりの「答え」を見つけようなどという気持ちは薄れるのも当然だ。名門校のアクティブ・ラーニングでは、教科書の存在価値はほとんどゼロに等しい。「検定教科書ではこういう表現をしている」という参考程度でしかない。新聞の切り抜きのコピーや一般書籍、自ら実験・取材したデータが教材になる。

議論中の大学入試改革が理念通りに実行されれば、アクティブ・ラーニングを積み重ねてきた受験者が有利になるといわれている。であるならば、検定教科書が姿を消すことが、大学入試改革の成功の証しになるのではないかと、私は思っている。

要するに、文科省が目指す「教育改革」が本当に成功した暁には、検定教科書がなくなっているはずだという話である。

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