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アイドル刺傷事件から考える、ネットの「距離感」という問題。

先日、タレント活動をしている女子大生がファンに刺されるという痛ましいな事件が発生した。すでに多数報じられているのでご存じの方も多いだろう。

今回の事件は異常で理解が出来ない行動として受け止められているようだが、ウェブで記事を書くことで批判や誹謗中傷を受けた経験もある立場としては、(うれしくないことに)容疑者の行動原理は手に取るように分かる。なぜなら似たような人はネット上でいくらでも見かけるからだ。

被害者となった女性の容体がいまだ不明な状況でこういった記事を書くことは申し訳ないと思う反面、今回の事件が起きた経緯や原因を理解しておくことは芸能分野であっても自分が運営するような経済メディアであっても、セキュリティ強化に役立つと思われる。

■事件の経緯は容疑者の心象をそのまま表している。

事件について書かれた記事としては以下のニュースが分かりやすい。

アイドル刺傷 贈り物返され怒り 容疑者「殺すつもりだった」 産経新聞 2016/05/23

「以前、プレゼントを贈ったが送り返され、腹が立って刺した」という供述内容と図で示されている事件に至るまでの経緯を見ると、当初はファンとしてタレントに好意を寄せていた容疑者が次第に怒りをつのらせ、プレゼントを返却されたことでその怒りが頂点に達していることが良くわかる。

被害者になってしまったタレントはまだ人気のある状況ではなかったようで、自身のブログでチケットの予約を受け付けるといったこともしていたようだ。それ自体は別に悪いことではなく、珍しいことでもない。現在のタレント・アイドルは握手会による身体的な近さに加え、ツイッターやブログなどによる精神的な近さもあり、ファンとしてはより勘違いをしやすい環境にあると言える。

身近さを感じる一方、ツイッターで繰り返し話しかけているのに返事が無かったことに怒りを蓄積させ、「プレゼントを返せ」という書き込みに至り、実際にプレゼントが返送されてから一カ月もたたないうちに犯行に及んでいる。

■恋愛感情の視点から見ると、犯行動機は理解できる。

自身でプレゼンを返せと書き込んでその通りにされたら怒る、というのでは意味不明の行動にしか見えない。しかしこれをタレントとファンではなく男女関係として考えると怒った理由も簡単に分かる。

散々貢いだ挙句に冷たくされた男性が「こんなに尽くしているのに酷いじゃないか! つき合ってくれないのなら今まで渡したプレゼントを全部返せ!」と怒っていたら、この男性が本当に望んでいることはプレゼントの返却だろうか。本音はそうではなく、自分の好意を受け入れて付き合ってくれということに違いない。

容疑者はプレゼント以外にもコンサートやイベントに参加することで時間もお金もつぎ込んでいるのだろう。それに対して「見返り」があってしかるべき、と考えていたのかもしれない。

もちろんそれは妄想でしかなくタレント側に何か特別な見返りを提供する義務があるわけもない。プレゼントを返せとツイッターに書き込んでいる時点で危険人物として認定されるのは当然だが、実際にはこういったストーカー的な行為をする人はネット上にあふれている。

■誹謗中傷をしながら誠実な対応を要求する人たち。

自分はウェブ上で記事を書いて公表をしているが、当然異なる意見を持つ人がいてそれに対して批判や場合によっては誹謗中傷を受けることもある。

腹立たしいことだがそれ自体はよくあることだ。ただ、中には極めておかしな言動をしつこく繰り返す人もいる。相手にする時間も無駄なため当然ブロックをすることになるが、このような状況になるとブロックされたこと自体にさらに怒りを増幅させる人も珍しくない。

常識的に考えて誰かを誹謗中傷すれば無視されたり遮断されたりするのは当然だが、ネット上で情報発信をする人はどんなに口汚く罵るような意見でも正面から謙虚に受け止めるべきと考えている人が一部にいる。これはタレントがファンの思いをすべて受け止めるべき、という発想と根っこは同じだろう。したがってブロックは貴重な意見を無視する間違った行為である、という強固な信念を持っている。

このような困った人がいるので多くのウェブメディアはコメント欄をとっくの昔に閉鎖するか、フェイスブックのシステムを使って実名でしか書き込めないようにしている。実際には実名でも誹謗中傷をする人はいるのだが、かなりの抑止力になることは間違いない。

SNSやコメント欄で大暴れする人の目的は自身が目立つことと書き手本人に意見をぶつけたいという二点で、このような言動の動機は今回の事件の容疑者と全く同じだ。自分の意見を、自分の存在を認知して欲しいという自己主張に他ならない。

それが経済メディアならばお前の意見は下らない、俺の意見の方が正しい、という主張になり、異性のタレントが相手なばら恋愛でフラれた人のような困った言動になる。今回の事件は(あくまで容疑者の妄想・勘違いの中では)恋愛の末の刃傷沙汰、と考えれば過去に類似する事件も多数あるためどんな動機だったのかまだ意味はわかる。

■フェイスブック・ツイッターのブロックは「出入り禁止」である。

こういった言動をする困った人たちについては、以前「フェイスブック・ツイッターのブロックは「出入り禁止」である」という記事で書いた通り、気軽にブロックをしてしまえば良い。タレントやアイドルならばネット上のブロックに加えて実際のイベントやコンサートで出入り禁止ということになる。

ただ、記事を書いている程度ならばそれでいいが、タレントの場合はそれほど単純ではないだろう。本人からブロックをされればファンの怒りを刺激する極めて危険な行為になり、今回の刺傷事件はプレゼントが返送されるというブロックよりもさらに刺激の強い対応が事件の発端となっている。

ツイッターでプレゼントを返せと書いたら本当に突き返されたことから、本人と直接つながっていると認識させてしまった時点ですでにリスクが極限まで高まっていた。結果論にはなってしまうが、本人とつながっていると思われた時点で今回の事件は防ぎようのない段階まで進んでいたのではないかと思う。

ウェブメディアを運営していると、多数の批判を受けることもあり、中には書き手に直接メールや電話で過剰な批判を受けるケースもある。編集長としてこういったものは全て無視するようにと書き手には伝えている。本人が反応することは、ここから連絡をすると本人に伝わると明かしてしまう行為に他ならず、さらなるトラブルに発展しかねないからだ。

タレントの場合、今回のような問題が起きなければ、本人と直接つながることはファンにとって楽しい状況であり、ビジネス面でもプラスに働くが、セキュリティ面では極めて危険な状態となる。

■セキュリティの強化とビジネスは両立しないのか。

セキュリティを優先するのであれば、タレントが行うネット上の書き込みは全て事務所が管理しており、SNSでのブロックはタレント本人ではなく事務所が行っている、と明確に分かるようにするべきだろう(実際にはそうでなくても建前として)。ファンにとって興醒めする状況ではあると思うが、一定の距離感を意識させることは今回のような凶行に歯止めをかけることにつながるだろう。

ネット上のブロックにあたるものは現実のイベント等ならば出入り禁止になる。今回の事件はタレント本人が対応するのではなく、事務所が当初から前面に出てツイッターをブロックし、イベント等で出入り禁止にしていれば怒りの矛先はタレント本人には向かず、ここまでの大事件に発展しないですんだ可能性はあったのではないかと思えてならない(悪いのは容疑者側である事は大前提として、おかしなファンへの対応策は当然考える必要がある)。

ただ、実際には多数の客の中から特定の人物だけを排除することにどれだけ手間やコストがかかるか、ということにはなってしまう(実行できるどうかかも含めて)。まだ売れて無いタレントにそこまで手間もコストをかけられないという事情もあるに違いない。しかしSNSの発達で以前と状況が様変わりしている以上、発想を変える必要がある。

例えばラーメン屋を経営するためには店舗を借りて家賃を払い、厨房の設備を準備して人を雇う必要がある。設備を準備できなければお店は開くことは出来ない。人を雇うにも最低賃金を守る必要があり、儲かってないから時給300円しか払えません、ということは許されない。家賃が払えません、ということになればお店を継続することは出来ない。

売れないタレントにコストがかけられない、という状況は家賃も給料も払えないけどお店は続けている、というおかしな状況と同じだ。もしセキュリティ上は最低限こういうことをやらなければいけない、と芸能界の業界団体が自主的なルールが作り、それが守られなければテレビやラジオに出られない、となればタレントの管理方法は大きく変わるだろう。

■長期的な発展のためにセキュリティ強化を。

もちろん、売れるかどうか分からない芸能人の卵にそこまでコストをかけないといけないとなれば芸能事務所の負担は重くなるが、タレントが事務所に所属して活動することはアマチュアバンドが自腹で費用を負担してライブハウスに出ることと全く状況が違う。

企業として責任をもってタレントに芸能活動をさせるのであれば、無防備な状況を今後も続けることがコンプライアンス(法令順守)上、果たしてゆるされるのか? 性善説でファンとタレントの距離をここまで近いまま放置して良いのか? ということになるだろう。

滅多に起きない事件でそこまで考えないといけないのか、ということになるが、近年の急激なネットの発達で状況が変わったと考えれば今までの常識のままで良いわけがない、ということになる。

短期的にはコストの増加で収益にはマイナスであっても、安心して活動できる状況がなければタレントになりたい人は確実に減る。特に今回のような若い女性が被害者となる事件が起きれば子供がタレントになることへ反対する親は確実に増える。今回の事件を偶然起きた個別の問題だと考えて何も対策を打たなければ、タレント志願者は減少し数年後にはタレント・アイドル不況という形でしっぺ返しが来る。

タレントの安全はタレント活動の発展と一体である事は間違いない。長期的な発展を芸能界が本気で考えるなら、守るべきは一部の人気がある芸能人だけではないはずだ。

■「精神的な近さ」が起こした事件はターニングポイントにすべき。

2014年に起きたAKB48の握手会の刺傷事件はファンではない人物による犯行で、身体的な近さが問題になった事件だった。今回はそれと意味合いが異なり、SNS等による精神的な近さが問題になった事件だと思われる。

もちろん精神的に近いという感覚は錯覚でしかないのだが、多数のタレントやアイドルが、つまり芸能事務所がそれを利用してビジネスにしている以上、今回の事件は個別の事案ではなく芸能人ならば誰にでも起こりうる業界全体の問題だろう。

最後になりましたが、被害に遭われた女性の一日も早い回復をお祈りします。

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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

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