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引きこもりが再び働きはじめた朝に

人生において何回か、「壁を乗り越えないといけない時」があると思う。私にとってそれは、長く引きこもった後に、再びバイトを始めた最初の日の朝だった。

私は、過労の末に、パニック障害になった。パニック障害とは、激しい動悸や胸痛、呼吸困難という症状とともに、「このまま死んでしまう」という強い不安感に襲われる病気である。一度は寛解し、働いていた時期もあったが、再発してしまった。実家に引きこもっていたのは、この再発時期である。

病気が再発して、私はひどく絶望していた。そうした心理もあってか、初回より再発時の方が症状が重かった。パニック発作に加えて過呼吸を併発し、私は発作を恐れるあまり、外に出られなくなっていた。

そんな時に出合ったのは、CG動画制作だった。まだYouTuberという言葉もなく、動画が金に直結しない牧歌的な時代。純粋な楽しさから、動画を作ってはニコニコ動画にアップロードしていた。

ある時、たまたま動画がヒットした。ニコニコ動画の毎時ランキングを駆け上がり、再生数は6桁に。知り合いもでき、誘われて動画のSNSに加入。そこから、他の制作者との交流が始まった。

楽しかった。もしかしたら、人生で最も楽しい出来事だったかもしれない。自分が魂を吹き込んだキャラクターが画面上で動き出し、狙ったポイントに「面白い」と感想をもらえる喜び。他の人とコラボして、互いのアイディアをぶつけ合い、その化学反応で予想外のものが生まれる喜び。

対して、「リアルの私」は外に一歩も出られない。今後の就職や社会的な活動など、絶望的だろう。でも、「ネットの私」は、動画を上げれば賞賛され(それが内輪ノリだったとしても)、コラボやイベントで多くの人と交流している。どっちが本当の私?病んだ心は「リアルの私」を消去し始め、動画作りにのめり込んでいった。

当時は、両親・妹・私の4人で3LDKに同居。狭い家なので、家族は私がやっていることを知っており、反対していた。「パソコンは1日2時間まで」と忠告されていたが、2時間では動画など作れない。私は母と同室だったため、母が夜勤の時を狙って、夜中に隠れてパソコンを起動していた。家族が寝静まった頃こっそり起き出して、明かりが漏れないよう、暗闇の中でディスプレイを見つめる。その姿はさぞかし異様に映ったことだろう。

ある日もそうして、暗闇の中で動画制作をしていると、突然ふすまが開いた。父が土下座をしていた。「頼むから、もうパソコンをやめてくれ。お前、最近全然、散歩もしていないじゃないか。怖くても、向き合わないと病気は治らない。人生を投げるなよ……」父は嗚咽していた。

父が泣くのを初めて見た。体躯もがっしりして、サングラスをかけるとヤクザに見え、何かに動揺したり恐れたりすることのない父。その父が、いま私を動かしている「何か」を恐れ、泣いて懇願している。私が父を泣かせている。

その日を境に、私は動画作りをやめた。物置にしまわれたパソコン。病気を治すため、私は長時間散歩に出るようになった。発作は起きたが、「発作よ、どうせ苦しめるなら今すぐ殺してくれ、もう生きていたくない、さあ早く……」と願うと、恐怖が弱まることに気づく。パニック発作や過呼吸は死ぬほど辛いが、基本的に死ぬことはない(ちがう病気が隠れている場合は別)。発作のピーク地点までの生き地獄を、勇気を出して耐えることを覚えた。症状は次第に落ち着いてきて、長時間外出できるようになり、電車も1駅くらいなら乗れるようになってくる。そして、3週間の短期アルバイト(1日5時間・週3)に応募して、採用された。

バイトの最初の日の朝、職場まで父が車で送ってくれた。大丈夫だと思っていたはずなのに、車中、苦しくなってきた。顔の血の気が引いていくのが自分でも分かる。発作が起こるかもしれない。もし、初めての職場で、発作を起こしたらどうしよう……。20分前に職場の駐車場に着き、頓服薬も飲んだが、私は車から降りられなかった。父に言った。「あと10分、車の中にいたいから、少し待って」

ここからは、後に父が語ってくれた言葉だ。「お前が、あと10分車の中にいるって言った後、ますます顔が白くなっていって、うつむいて、息も苦しそうだし、これはまた過呼吸を起こすんじゃないかな、今日はだめかなって思いながら、バックミラーから見ていた。だけど、10分たったらお前は『行くよ。ありがとう』と言って車を降りたんだよ。顔は白いままだし、足もふらふらしてたけど、心を決めたような目をして職場に入っていった。俺は、お前が『やっぱり発作が起きた』と戻ってくるかもしれないと思って、30分くらい外で待ってた。でも、戻ってこなかった。その時俺は、『ああ、あいつは今日、一番苦しかった時期を抜けたんだな』って思ったよ」

私はこの短期バイトを、休むことなく勤め終えた。その後、某レンタルショップ(1日5時間・週3)→○○教室の講師(1日6時間・週4)と働く時間を増やしていき、フルタイムで働けるようになってから3年くらいたつ。私にとっての転換点は、父を泣かせたあの夜と、一歩踏み出す勇気を出したあの朝だったと思う。

だからと言って、「引きこもりの人はこうしたらいいです」という気は全くない。私は幸運だっただけだ。

引きこもりの人がネットにハマることを悪いという気は全くない。動画作りは、長い間私の心を照らしてくれた、たった一つの明かりだった。あれから一度もアクセスしていないけど、あの時の知り合いとのやり取りを思うと、今でも心があたたかくなる。もう届かないけど、感謝している。

さらに、「ネットの私」と「リアルの私」がつながることで、引きこもりから抜け出す原動力になることもあり得たと思う。私にとって動画作りは「明かり」であると家族に説明し、節度をもって動画作りを楽しめばよかった。そして、オフ会に出たいという気持ちを支えに病気を克服し、自分で稼ぎ始めてから再び趣味に没頭すればよかったのだ。

しかし、当時の私には、そうした健全なステップを思い描くことができなかった。ただただ発作が怖かった。再発したため、もう病気は治らないし、治っても病気になる前の人生には戻れないと思っていた。発作を克服する勇気を奮い起こすだけの「メリット」を見つけられなかった。そんなことより、「いま逃げ込めて、何もかも忘れさせてくれるもの」が欲しかった。動機が歪んでいたため、動画作りへの傾倒も異常で、不健全だった。

だが、気づかなかっただけで、あの時他にも「リアルの私」を照らす明かりはあったのだ。そばでずっと見守り、心配してくれていた家族だ。当時の私は、優等生だった頃と病気になってからの家族の接し方の違いを敏感に感じ取り、勝手に自己嫌悪に陥って心を閉ざしていた。実際に家族も、変わってしまった私に戸惑い、どう扱っていいか分からなくなっていたとは思う。でも、ずっと心配してくれていた。その心配の形が、私が好む形でなかったとしても(この一文、とても自分勝手だが、引きこもり問題を考えるヒントがあると思うので、あえて入れる)

だから父を泣かせた夜、私は「リアルの私」に立ち戻るため、不健全だった「ネットの私」を消し去った。「私の一番苦しかった時期」は同時に、「家族も一番苦しんだ(苦しめた)時期」だった。そのことが分からず、同じ家にいるのに一人きりであるかのようにいじけていた。これ以上家族を苦しめないことは、「リアルの私」にしかできない。それが、発作を克服する「メリット」となり、勇気を出すことができた。

あと、私たち家族を支えてくれる「外からの手」は皆無だった。パニック障害は、精神障害ではなく神経症である(だから、障害年金等はもらえない)。病気のため年単位で引きこもるのは明らかに異常事態だが、病院には「そんな人はいっぱいいる」。だから、本人と家族がいかに苦しくても、医者もこんな「中途半端な状態」では大して相手もしてくれず、いつも3分診療だった(田舎のため、乗り物に乗れなかった私にとっては、歩いていける範囲に病院があるだけで有り難かったが)。家族も、世間体を気にして、役所や親戚等に相談することはなかった。たぶん、多くの引きこもりとその家族が、同じように誰にも相談できない(していない)状態なのだろうと思う。

こうした自分の経験から、引きこもりやニートの人が「気楽に」参加できるつながり(外からの手)が作れたらと思っている。気持ちは歪んでいたかもしれない。でも、動画を作るのは本当に楽しかった。だから、例えばプログラミングのように共同で何かを作るとか(ブログでもいい)、そうした純粋な「楽しさ」のために集まり、外に出たいと思う力を生むようなつながり(無料もしくは実費のみ)を作りたい。押しつけの楽しさではなく、当事者が自発的に楽しいと思えるようなものを。まだ準備はできていないけど、いつかはこのブログを通して、そうしたつながりを作ったり、既にある活動を取材などで支援したりしていきたい(もし何かいいアイディア等あれば、TwitterのDM等で教えていただけると喜びます。お金儲け目当ての方はごめんなさい)

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