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私達のカラダの情報と未来 - 河原ノリエ

政府の成長戦略「日本再興戦略2016」案の全容が明らかになった。官民で認識と戦略を共有して新たな有望市場を作り出す10個の施策のひとつとして、健康立国が掲げられ、医療データなどの活用による創薬・治療法の開発も謳われている。

言うまでもなく、ここで言うところの創薬・治療法の開発に資する医療データとは、もともとは、誰かの身体からのものである。医学研究における人体由来情報の研究利用は、医療から研究、そして産業(医薬品開発)という円環の流れがなくては、広く社会の益に資することはできないという特殊な性質を抱えるものである。そこには、公益と人権、医療倫理、研究倫理、知的財産などの先鋭な課題が潜んでいる。

人体由来の個人情報を「研究資源」として有効活用することが喫緊の課題となっている。IT技術と遺伝子解析、特に超高速解析装置の解析能力の進歩により、医学研究は新たなステージに入っており、「人体由来の個人情報」のもつ実質も概念も日々大きく変容してきている。特に、その解析能力として注目を集める人工知能が読み解く世界がもたらすものには、測り知れない可能性とリスクが潜んでいる。

人工知能とは人間の脳をモデルとするとはいえ、それは人間とは別のものだ。情報の海のなからから、何をインテリジェンス(価値ある情報)として拾い集め、何と結び付けて読み解くのか。人間の脳ではないものが自ら学習しながら進化するわけだから、我々が想定していない展開が今後待ち受けていることは間違いないだろう。

私が、生命科学における人体由来情報の保護と利活用の問題に関わった出発点は、「私のカラダの情報は誰のものか?」というひとつの問いが出発点だった。

学術研究に何の関係もない人々が普段病院に行き、診断や治療のために残される自分の情報が、自分の知らないところで論文になったり、学会発表されている。この事実に、意外にも多くの人々が気づいていない。癌の生存率や、食習慣やたばこと癌の関係など、普段なにげなく聞いている情報がどのようにできあがった情報なのかということに想いをめぐらせることはあまりないものなのだろう。

21世紀に入ってすぐのころ、ゲノムという科学技術政策の大きなドライビングフォースの出現によって、この国においても様々な議論が立ち上がり、その局面において私も、少なからず関与してきた。関係省庁の審議会、委員会、学会で検討が重ねられ、法整備も進み、人体由来情報の保護と利活用を巡る実務的な制度設計は進んできたかに見える。

しかしながら、それらはどれも根本的な問題点の掘り下げにはなっていないと言える。人工知能などの飛躍的な技術の関与で、瞬時にて、私達のカラダの情報が読み解かれ、この世界のありようとともに解釈がなされるかもしれない世界においては、守るべきものがなにかを社会の中で議論をして置かねばならない。

たとえば、究極の個人情報であるといわれた遺伝子情報よりも、学歴、年収などの個人の社会経済的情報が疾病にもたらす意味の解釈をされることを激しく抵抗する人たちにどのように説明をしていくべきなのか。事実、自分の治療のためではなく、疫学研究として地域で情報を集めようとしたとき、病歴よりも、年収、学歴などの記載に抵抗を示す人々は多い。医療の持続的発展のためには社会格差に対応した研究が喫緊の課題であるはずなのだが。

欧米の研究においては、こうした社会経済的情報の収集については社会疫学の学問体系のなかで確立されて知見がつみあがってきている。それゆえ、大規模なコホート研究では「この研究はいまのあなたには利益になりません。未来のためです」と人々に伝え、社会からの一定の理解を獲得している。

そもそも、私達のカラダの情報を社会の中で共有していくことの意味とはなんなのか?議論が先送りされてきた問題がもともとはらんでいる人体由来の個人情報にまつわる問題点が、最近の状況として、どのような意味を持ち、先鋭化してきているかについて、切り分けを図るため、様々な角度から指摘されてきた論点の整理が急務である。

人体情報の収集と保護と利活用問題がどのような局面でたちあらわれ、どんな議論が展開されたか。またそれは、国際社会のいかなる背景のもとで進行し、日本の状況が、どう国際社会からみられてきて、現状においてはどうなのか、これまでの論点を振り返って掘り下げが必要ではないのか。

科学技術と社会の要請の最前線の視座から、人体由来の個人情報を広く社会の中で共有していくことの意味を問いなおすための今日的課題に対し、多角的考察をはかっていく必要があると私はおもう。

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河原ノリエ(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 特任講師)

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