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「お客様は神様です」はブラック企業を生む一因

「喫茶店に入ったら、新聞の上部と中部しかステープラーでとめられておらず、非常に読みづらかった。そのため、下部をとめるよう丁寧に頼んだが、雑にとめられて戻ってきた。もうその店には行かない」という記事が、はてなブログで話題になっている。

筆者個人を批判する意図はない。
だが、こうした「お客様は神様だから、どんな要求でも受け入れろ」という発想が、日本にブラック企業が多い一因だと思うので、今日はそのことについて考えたい。

喫茶店の価格と、アルバイトの時給

まず、この喫茶店はチェーン店だ。

「開店2時間後に行った」とあるので、モーニングメニューの時間帯だ。コーヒー+焼きたてトースト+ゆで卵で420円。

さらに、その地区の該当チェーンが出している求人を見ると、バイト・パートの時給は860~1000円である。大抵は860円スタートだ。

新聞の提供は、喫茶店のサービスに含まれるのか?

喫茶店の主なサービスは「飲食」である。
居心地のよさ等の「付加価値」をつけることで、他の店と差別化している。

新聞の提供は、居心地のよさを構成する「付加価値」に入るかもしれないが、喫茶店に必須のサービスではない。
実際、カフェ等では新聞がない店の方が多く、新聞は「よかったら読んでくださいね」という、店の「好意」の域に入る。

問題の喫茶店には新聞が置いてあり、ステープラーでとめられている。これだけでも十分だ。

だが、前述の筆者の要求は、「上部・中部・下部の3点をとめる」「新聞をめくった時に文字が隠れないような浅さで」「どのくらいの浅さがいいかは、『想像力』を働かせろ」と細かい。

420円のメニューがメインの店で、860円のバイトに、サービス以外の部分での「想像力」を要求する。
「想像力」が必要なサービスを求めるなら、「想像力」が値段に含まれている店に行き、きちんと対価を支払うべきではないか。

ホテルのコーヒーが1000円の理由

では、筆者はどこに行けばいいのか。

あるホテルでは、ステープラーの針の上にはテープが貼ってあり、読む人が手を痛めない工夫がされていると言う。

そのホテルのコーヒーは1,190円だ。

ホテルのコーヒーはなぜ高いのか。
これには「地代等が高いから」「それでも買う人がいるから(需要と供給)」など複数の理由があるが、「1,190円に相当する価値を提供しているから」も挙げられる。

いい豆を使った美味しいコーヒーが、適温かつ温められたカップで、美人ウェイトレスの笑顔とともにサーブされる。暑くも寒くもうるさくもない快適なホテルのロビーで、「高級ホテルのロビーでコーヒーを飲む俺」という満足感も得られる。新聞はステープラーでとめられ、針の上にはテープ、不快な思いをすることもない。

「想像力を働かせて、ステープラーどめされた新聞」は、「コーヒー1,190円のパッケージ」には入っているが、「モーニング420円のパッケージ」では想定すらされていない。
それが値段の差だ。

さらに言えば、新聞が読みたいなら喫茶店の「好意」に期待せず、新聞を買うことで新聞社に情報への対価を支払うべきなのだ。
金は出さないが口は出す、これではクレーマーと言われても仕方ない。

「想像力」という言葉が使われる文脈

前述の筆者は何度か「想像力の欠如」という表現を使っている。
この「想像力」という言葉は、ブラック企業の経営者やクレーマーがよく使う言葉である。

筆者は記事の中で、「自らが思う、最適なステープラーのとめ方」を具体的に書いていない。
批判記事を書くなら、「上から○cm、右から○cmで3箇所とめる」など具体的に示し、「なるほど、その方が読みやすいね」と読者の共感を得る必要があった。
そのため、この記事は多くの人に読まれているが、皆が「想像力」を働かせて考えても、筆者が求めるとめ方とピッタリ一致はしないだろう。

これはブラック企業の経営者が、人によってバラバラな基準について具体的なマニュアルなど示すことなく、「想像力」「プロ意識」などの精神力で乗り越えろと指示するのに似ている。
「プロ意識」という言葉だが、見合った対価をもらってこそのプロだ。
時給860円、1日8時間×月22日働いても額面151,360円(手取りは更に低い)、生活すらままならない非正規労働者にプロ意識を求めるのは間違っている。
それならなぜ、正社員と差別化しているのか。賃金は少なく、責任は重いのか。

サービスの向上を求めるなら、適切な対価と、客観的な指標に基づく指示が必要ではないだろうか。

まとめ

前述の筆者は、新聞のステープラーのとめ方という小さなことでも、軽視すれば客離れにつながる、と言いたかったのだろうとは思う。
だが、新聞のステープラーのとめ方まで安いチェーン店のサービスに含まれるとすれば、サービスの範囲はどこまで広がり、価格はどこまで叩き売られるのか。

東京などでは、外食産業に人が集まらない状況が続いている。それには、クレーマーによる心的負担も一因だろう。

サービスへの過度な要求は、自分の労働環境に返ってくる。
日本では、人々のニーズのまま店を24時間営業にした結果、休祝日関係なく夜勤で働くハードな労働で疲弊する社会が生まれた。ヨーロッパでは、店が早く閉まって不便だが、労働環境には余裕がある。

これ以上日本のブラック化を進めないためにも、「お客様は神様です」という考え方は捨て、サービスの利用時には「自分の要求は対価に見合っているか」「自分の要求が社会を窮屈にすることにつながらないか」を考えるように、私はしたい。

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