たかだか、一大学が入学時期を秋季に統一することが、労働市場の改革につながるだとか、大学の国際化に有効だとかいう大げさな主張が見られるが、何か勘違いをしているのではないかと思う。
欧米では秋季入学、秋季卒業が一般的である。日本に留学する場合、半年のタイムラグがあって不便である。それはそうであるが、現実の日本の大学は、すでにほとんどすべての講義、実習が半期(セメスター)となっており、秋季から入学しても、問題は生じない。
すでに、実質的に秋季入学卒業制度は存在している。
東京大学の入学卒業式
入学卒業を春季と秋季で選択できるのに、なぜ、秋季に統一しなくてはいけないのかわからない。その人の事情によって、春季秋季の選択をすればいいではないか。企業も、半年に一度採用をした方が、有能な人材が採れる可能性があると判断するなら、秋季採用の門戸を開けばよい。
小学校からすべて秋季入学卒業とするならともかく、大学だけを秋季入学卒業とすれば、日本人高校生は全員が入学段階で半年足踏みし、さらに卒業段階でもう一度半年待つことになり、結局、貴重な18歳人口が1年分遊休化する。少子高齢化による労働人口の不足を言い立てる論者は居眠りをしているのか。
ギャップイヤーに、何か教育的効果を狙うなら、何も課題を与えずに放置するのは無責任というべきであり、さっさと入学させるべきである。
全大学が足並みそろえるなら、あるいは、企業が秋季採用をしてくれるかもしれないが、東京大学一大学だけの都合に合わせてくれるとも考えられない。
こんな愚策を、まさか東京大学が採用するとも思えないので、杞憂に終わると思うが、くだらない議論にはここで止めを刺しておきたい。
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