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アベノミクスで“景気が浮揚しない”本当の理由 - 大前研一の日本のカラクリ

史上最大の予算を組み続ける政府の愚行

2016年度予算が成立した。一般会計の歳出総額は4年連続で過去最大を更新する96兆7218億円。年金・医療などの社会保障費が過去最大を更新して31.9兆円に膨らんだほか、「1億総活躍社会」や「地方創生」の実現に向けて、子育て世代や高齢者、地方に配慮した歳出項目が並ぶ。中国の海洋進出に対抗するために防衛費が初めて5兆円を突破した。

「16年度予算の成立が最大の景気対策」という安倍政権は公共投資を中心に予算を早期執行していく構えで、すでに5兆円規模の補正予算の編成まで視野に入れている。今夏の参院選を控えて切れ目のない景気対策をアピールしていこうというわけで、財政健全化という課題はまったく置き去りにされている。

歳入を見れば16年度の税収は57.6兆円と見込まれている。1991年以来、25年ぶりの高水準だそうだが、97兆円の予算を組むにはとても足りない。これを埋め合わせるために発行する16年度の新規国債は34.4兆円。

毎年のように30兆~40兆円の赤字国債を垂れ流して、日本の公的債務は1300兆円に膨れ上がっている。それでもなお政府は史上最大の予算を組み続けているのだ。

1300兆円の国家債務というのは、生まれたばかりの赤ん坊を含めて国民1人あたり1300万円の借金があるということ。戦争でも起こして他所の国に借金を押し付けでもしない限り、まともには返せる額ではない。赤ん坊やリタイアした老人に借金を返す力はない。借金を返せるのは民間の勤労者だけである。しかし少子高齢化で日本の勤労者は毎年30万~50万人ずつ減っている。負債は増え続ける一方で、返済できる人はどんどん減っているのだから、計算式は至ってシンプル。返せるわけがないのだ。

世界最大の日本の国家債務を担保しているのが、日本国民が保有している1700兆円の個人金融資産である。いざとなれば、政府はこれに着目してパクろうとするだろう。戦時中に大量発行した国債の借金をチャラにするために、政府は1946年に預金封鎖して財産税を課し、国民の財産を取り上げた“前科”がある。現状、1700兆円の個人金融資産は国が無駄遣いをするための原資になっている。1700兆円の約半分は現金預金で、銀行や郵貯などの金融機関に預けられている。銀行や郵貯はそれを元手に国債を買っているのだ。

個人向け国債などは20兆円にも満たないから、国民は自分で国債を買っているという認識はない。しかし銀行も郵貯も生保も損保も年金機構も、すべて国債の買い取り機関であり、国民が預けた個人金融資産は裏で国債のファイナンス、つまり国の無駄遣いに使われているのだ。

近年、そうした金融機関から国債を買い取って市場に資金供給してきたのが、「黒田バズーカ」と称される日銀の金融緩和策(量的緩和)だ。これまでに日銀が買い取った国債の総額は400兆円で、日本のGDPの80%に近づいている。万が一日本国債が暴落したときには、国債を大量に抱え込んだ日銀そのものが爆死して、中央銀行としての機能が果たせなくなる。危険な水域に入っているのだ。

それだけのリスクを冒してわかったことは、市場のマネタリーベースを潤沢にしても資金の借り手はなく、景気は刺激されないということだ。繰り返し説明しているように、カネをバラ撒けば市場流動性が高まって消費や設備投資に回されて景気がどんどん良くなるというのは100年前のケインズ経済学の話で“低欲望社会”の日本ではそうはならない。安倍首相の周辺の政策アドバイザーはそれ(高齢化社会の現実)が理解できていない。だから低金利やマネタリーベースを潤沢にするというアベノミクスは景気浮揚効果を発揮しないのである。

国民の将来不安がなくなれば、消費が増える

バブルが弾ける直前の89年段階で日本の個人金融資産は700兆円。それが低成長だ、不景気だといわれてきたこの25年で1000兆円も増えたのだから不思議な話だ。

戦後の貯蓄奨励の残滓もあるのだろうが、基本的な理由は国が信用されていないからだと思う。個人で将来に備えなければいけないと国民の多くが思っているのだ。

日本人は老後に備えるために、年金、貯金、保険という3重の投資をしている。年金がもらえるようになっても年金の3割は貯蓄に回して死ぬまでお金を貯め続ける。しかも保険にも入る。家族の大黒柱である勤労世代が数千万円の生命保険に入るのはわかるが、年金世代が加入するのは理解不能だ。「葬式代ぐらいは自分で用意したい」という人もいるが、今どきの葬式代は350万円程度が上限だし、生前に見積もりを取れば3分の1になる。

人生のファイナンシャルプランから見れば無駄に重複しているのに、日本人は年金と貯金と保険をそれぞれ別物だと思っている。結果、貧しいライフプランのまま朽ち果てて、死に際が一番金持ちというケースが少なくない。ここに日本の低欲望社会の最大の問題点がある。「老後の備え」の重複分だけでも人生を楽しむために使えば、人生も変わるし、世の中も変わる。たとえば個人金融資産1700兆円の1%が市場に出てくるとすれば17兆円。消費税に直せば6%アップぐらいのインパクトがあるのだ。

つまり安倍首相は個人金融資産の1%が市場に出てくる政策をひたすらやったほうがいい。「元気なうちにお金を使って人生を楽しみましょう。いざというときの心配は国が取り除きます」というメッセージを発信して、たとえば65歳以上で重い病気になった場合には国がすべて面倒を見るなどの政策を取り入れる。

スウェーデンでは老後の面倒は国が徹底して見ると保障しているから、ほとんど貯金しないし、保険にも入らない。将来不安がなくなれば、貯金や保険料に使われていたお金が消費に回るのだ。

資産課税導入で富裕層にお金を使わせる

人生最期の瞬間に「自分の人生は幸せだった」と思えるかどうかに、学歴や勤め先はあまり関係ない。本当に大事なのは人生最後の15年をどう過ごしたか、だ。私は自分の学校でそう指導をしているが、国もそこをもっと強調すべきだと思う。充実した老後の素晴らしさを提案し国のサポートを国民に約束して、それでもなお、1700兆円の個人金融資産がマーケットに出てこないようなら、強制的に資産課税を導入すべきだろう。資産税では資産を持っているほど課税されるから、要らないお金は使おうというインセンティブが働く。

税制に関する私の考え方は昔から変わっていない。道州制のような新しい統治機構ができたタイミングで税制改革を行って、資産税と付加価値税の2本立てにするのだ。

資産税についていえば、国民の固定資産と金融資産を足し合わせて3500兆円ある。法人部門の固定資産や内部留保などを全部足すと1500兆円。合わせて5000兆円。これに1%課税すれば税収は50兆円。一方の付加価値税は軽減税率のような面倒なことはやめて一律10%とすると、GDPの10%で50兆円。資産税の50兆円と付加価値税の50兆円を合わせれば100兆円。政策に必要な経費(予算)を70兆円前後確保したうえで、毎年20兆~30兆円ぐらいの借金を返していける。そうやって返済の意思を明確に示せば、市場も安心し国債の暴落は起きない。

資産税のメリットの一つは相続に対する中立性だ。資産を相続した人が毎年1%ずつ払っていけばいいのだから、相続税を払う必要はない。今の日本社会で家族関係を歪ませている最大の原因は相続だが、資産税にすることで相当に解消できるのではないかと思う。

また資産税と付加価値税を導入すれば、所得税も法人税も必要なくなる。所得が増えた人は大いに消費してもらうのが一番だが、そうしなければ資産が増えるわけだから、資産税で十分に捕捉できる。法人が生み出した付加価値は、売価から仕入れコストを引いた数字できっちり出るから、それに一律10%を課税すれば終わり。

前述のように資産税と付加価値税で必要な税収は確保できるから、複雑で不平等な税体系は一切不要。不動産取得税、自動車重量税、ガソリン税、タバコ税、入湯税、ゴルフ場利用税その他、意味不明な税金はすべて廃止できるのだ。成長期には給与も法人所得も伸びるが日本は20年以上にわたって伸びていない。しかし、個人資産は伸び続けている。だから成熟期には資産課税が有効で、課税されるのがいやなら資産を消費にまわす。政策担当者はアベノミクスの機能しない原因をここに求め、税制の抜本改革に一刻も早く取りかかるべきだ。

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