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デジタル・ディスラプション

コンテンツや情報がデジタル化され、それを記録したり保存したり伝達したりするメディア(媒体)が変化するとき、その対応に遅れをとった企業が衰退したり、新たなプレイヤーがその市場に参入したりする状況をデジタル・コンバージェンス(産業融合)あるいはメディア・コンバージェンスという。そのとき、その市場に破壊的なイノベーションが起こることがあり、それはデジタル・ディスラプション(創造のための破壊)と呼ばれる。

いったんデジタル・ディスラプションが起きた市場は流動的になり、さらなる変化を起こしやすくなる。 私たちはカメラや携帯音楽プレーヤーの例でそれを目の当たりにしてきた。ウォークマンを置き換えたiPodも、あっというまにアプリケーションの一つとしてiPhoneに吸収されてしまった。ディスラプションが起きた市場では、技術やインフラの革新が継続的に起きるようなるため参入障壁も低くなり、以前のように安定したバリューネットワークを構築し維持することが難しくなる。

クリステンセンのイノベーションのジレンマは、安定した強固なバリューネットワークを持つ企業に生じるものだったが、デジタル時代においては、経営者はそもそも安定した強固なバリューネットワークというものを構築すべきか否かという判断を迫られている。フィルムのエコシステムは100年以上にわたって多くの企業に利益をもたらしたが、フィルムメーカーに代わって写真産業の頂点に立ったカメラーメーカーの業績は10年そこそこで陰りが見え始めている。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。- T.レビット マーケティング論
いったん鉄道事業のためのバリューネットワークを忘れて、輸送という市場の顧客の基本的なニーズに立ち戻り、そこから利用可能な新しい技術やインフラを前提に、その輸送という市場ドメインにおける新たな提供価値を定義する。そしてそのためのバリューネットワークを再構築する。鉄道と輸送事業という二つの言葉を言い換えるだけで、いろいろな事業の衰退を形容することができる。

カメラメーカーが提供してきた価値は、写真を撮るという機能価値だ。その写真という市場で新しい価値を提供しようとする者が現れた。スマートフォン(のカメラ)だ。 その原点は2000年にソフトバンクモバイル(当時はジェイフォン)から発売されたカメラ付携帯電話だ。 やはり10年という長い時間がかかったが、カメラ付携帯がスマートフォンという形に変わり、技術のインクリメンタルな進歩によって画質も向上し、カメラメーカーが提供する写真を撮るという価値を脅かすに至った。

スマートフォンのカメラは、インターネットにつながっている。それによって、フェイスブックやインスタグラムなどのソーシャルネットワークサービスという共有のための新しい媒体を、スマートフォンのカメラのバリューネットワークに組み込むことができた。そして写真を撮ることから始まるまったく新しい経験を提供し、人々のコミットメントを獲得した。

フィルム時代には、人々は購入したフィルムをカメラに入れて撮影した後、DPEサービスを利用して写真を完成させていた。カメラメーカーは、デジタル化された写真においても写真を撮った後の顧客の経験に関与することなく写真を撮るという機能価値の提供だけに集中し、そのバリューネットワークを最適化させて事業を存続し拡大してきた。

写真を撮るという需要は依然として増え続けている。しかしカメラメーカー(事業)が生き残り発展するには、写真を撮る顧客の基本的なニーズに立ち戻って、自社の事業をカメラ事業ではなく写真事業として、提供する価値を顧客中心で再定義する必要がある。もちろん、これはカメラメーカーに限った話ではない。

特に電子機器のコモディティ化のスピードは速い。高機能化と高性能化によって過去の製品を陳腐化させ、顧客に短期間での買い替えを促すことができる期間も短くなってしまった。その期間が過ぎると、どんなにすばらしい技術やデザインで過去製品や他社製品との差別化をしようとしても、人々はその差を価値として感じることができなくなる。 それはその製品のコンセプトの賞味期限が過ぎてしまったからだ。

デジタルカメラがフィルムカメラに取って代わったとき、 iPodがそれまでの携帯音楽プレーヤーを過去のものにしたとき、あるいはiPhoneが携帯電話を再定義したときを思い出してみてほしい。いずれもそれまでの製品によって人々のニーズは満たされているように思えた。フィルムカメラも携帯音楽プレーヤーも携帯電話も人々の生活の中にとけ込んで、数年経って不具合が出たときに買い替えるようなものになっていた。しかし、そのときも人々は無意識のうちに新しい経験を提供してくれるモノの登場を待ち望んでいた。そして、その希望は叶えられた。

デジタルカメラや携帯音楽プレーヤーや、それらを飲み込んだスマートフォンまでもが必要にして十分なものとなったいま、人々はさらに新しい経験を提供してくれるモノの登場を待ち望んでいる。しかしそれに気付いて、その潜在ニーズを満たすのは、デジタルカメラや携帯音楽プレーヤーやスマートフォンのビジネスのチャンピオンではないかもしれない。その前の時代もそうであったように、チャンピオンはさらなる高機能化や多機能化とコストダウンによって、賞味期限が過ぎてしまったビジネスの停滞状況を打開できると信じて、破壊的なイノベーションを仕掛けてくるチャレンジャーの影におびえながら防御を固めてようとしている。

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