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被災地仙台・日和山「津波のお陰で日本一になれた」 - 東日本大震災から5年。知られざる絆の物語

青柳雄介=文、撮影(日和山) 時事通信フォト=写真

もう5年か、まだ5年か。悲喜こもごもの思いは被災者の数と同じだけある。未曾有の大災害となった東日本大震災により、東北はいまだ復興途上だ。大切な人を失い、ふるさとを追われ、学校が廃校になる。仕事が見つからず、仮住まいのままの人も少なくない。何より、いまだ約2500人の行方がわかっていない。

「震災のこと、もがいている私たちのことを忘れないでほしい。その一方で、あの日のことはあまり思い出したくない。矛盾するようですが、どちらも偽らざる自分の気持ちなんです」


津波に呑み込まれる仙台湾岸地域(南蒲生浄化センター提供/時事通信フォト=写真)。

割り切れない胸中をこう明かしてくれたのは、宮城県の沿岸部で被災し夫を津波で流された50代の主婦だ。避難所から仮設住宅、復興住宅へと住まいを移し、目まぐるしい5年間だった。現在は家業の酒店を再建し、忙しい日々を過ごしているという。

「でも、何かの拍子に震災当日の光景がフラッシュバックしてくることがあります。押し寄せる津波の中、一瞬つながった手が離れ、流されていく夫の姿がいまも脳裏に焼きついています。ただ、いつまでも泣いてばかりはいられません。もう一度、信じて生きていかなければと思っています」

多くの人がいまなお苦しみの渦中にいる。どうして自分たちが、と複雑な思いにとらわれる人もいる。だがそうした中でも、小さな灯に希望を託し人々は前進している。

日本一の低山「日和山」にかける思い

仙台市宮城野区蒲生。仙台港の南側、雄大な太平洋に面した地区に「日本一」の山がある。日和山、標高はわずか3メートル。国土地理院の地形図にその名が記されている日本一の低山である。


日和山の標高は3メートル。写真中、小石の積んだ部分は標高にカウントされない。

日和山は江戸時代、付近にある貞山運河の掘削作業で出た土砂が積み上げられた築山。「何らかの理由で土砂を積み上げてつくられた山が長い時間を経て周囲の風景に溶け込み自然の一部と見なされると、やがて『山』として認定されることがあります」(国土地理院地名情報課)。各地に点在する日和山と同じく、漁船の安全航行を監視するなどの役割も果たしていた。

仙台市宮城野区役所まちづくり推進課はこう説明する。

「1991年に、国土地理院の地形図に載り、日本一低い山として認定されました。当時の標高は6.05メートル。小高い丘のようになっており、『頂上』から太平洋を見下ろす抜群の眺望を誇っていました。知る人ぞ知る名所だったんです。ところが5年後、96年に大阪の天保山が4.5メートルとされ、日本一の座を奪われてしまいました」

そして、2011年3月11日。10メートルを超す大津波は、小さな日和山をいとも簡単に呑み込んでしまう。自然の猛威の前に、日和山は原型をとどめることができなかった。

そればかりではない。蒲生地区は当時、1150世帯が暮らしていたが、そのほとんどの家が全壊もしくは半壊となり、300人以上がここで亡くなった。津波の威力は凄まじく、なぎ倒された大木や家屋がグルグル回りながら襲ってきたという。蒲生地区は現在、災害危険区域に指定され、住宅を建てることはできない。住民は事実上、ふるさとを喪失してしまったのだ。

しかし、悪いことばかりではない。「山肌が削られた日和山は、14年に国土地理院の調査で標高が3メートルと判明。18年ぶりに日本一の山に返り咲いたのです」(前出の宮城野区役所)

実際に、日和山登山に出かけてみた。仙台市中心部から東へ約15キロ。市内を流れる七北田川の河口に近づくと景色が一変し、大津波の爪痕が深く刻まれたままの荒涼とした風景が広がる。商店も多かったという住宅街の面影はどこにもない。多くの人が屋上に避難した市立中野小学校はすでに取り壊された。土地のかさ上げ工事の横を通り、伸び放題となった薄の間の荒地を抜けると急に視界が開けた。目の前に広がる太平洋。その手前に「日和山」の看板が見える。言われないと見過ごしてしまいそうな日和山の麓に到着だ。

階段状の「登山口」から山の頂を目指した。3歩進むとすでに中腹で、さらに3歩登ると山頂だ。そこには、こんもりと石が積み上げられ「日和山・山頂3.0M」と標記されている。ほんの数秒の登山ではあるが、眼下には美しい大海原が広がっていた。

がんばろう東北、がんばった日和山

蒲生地区で生まれ育った佐藤政信さんは、自宅が津波で全壊。日和山を含めた蒲生を守り育てていく「蒲生ふるさと会」の会長を務めている。

「蒲生のほとんどが流されてしまったことが信じられなくて、悔しくて。日和山も小さくなってしまったけれど、踏ん張って残りました。だからこそ、日本一の称号を再び手にすることができたんです。がんばろう東北、がんばった日和山、という感じですね」

佐藤さんはこう続ける。

「多くのものを失いましたが、私たちには日本一の日和山がある。ふるさとには住めなくても、愛着ある土地を忘れてはいけない。そのために何か楽しい思い出をつくりたいと考え、日和山の山開きを一昨年から行っています」

世界文化遺産で国内最高峰の富士山の山開きに合わせ、最低峰の山開きも7月1日。ギャグのようでもあるが、参加者の気持ちは真剣だ。杖を片手にリュックサックを背負い、登山靴を履いている本格派もいる。近くにある高砂神社で参拝し、山頂までたどり着くと本格的な登頂証明書が授与される。一昨年は、3歳から89歳まで41名が参加。昨年も県内外から50名ほどが日本一の山に挑んだ。

「この素晴らしい日本一の山を多くの人に知ってもらうため、山開きを長く続けてほしい。そして、蒲生に住んでいた方々の心がひとつになることを願う」と、登頂者の1人。ちなみに、元旦の早朝の日和山は、ご来光を拝む多くの人で賑わうという。

日和山から目と鼻の先に住んでいた笹谷由夫さんの自宅も全壊だった。それよりも辛かったのは、当時20歳と19歳の2人の息子を亡くしたことだ。

「震災当日は津波の水が引かず自宅に近寄れなかった。何度も何度も声を枯らしながら、息子の名前を呼びましたが返事はありませんでした。仕方なく車の中で、のど飴だけで一夜を過ごしました。幸い妻は無事でしたが、子ども2人が見つからない。これほどの大災害だから、もう何もいらない。子どもさえ無事であれば、そう思って必死に避難所を探して歩いたんです」

しかし、1週間後に長男、その後次男の遺体とも対面することになる。真面目だった自慢の息子たち。年が近く双子のように仲が良かったという。

「2人の遺体は、悟りきったように穏やかな顔をしていました。それだけに、守ってやれなかったことが本当に辛かった。俺が殺してしまったんだと、自責の念にとらわれました」

当時をこう振り返る笹谷さんは、自宅のあった場所に息子2人から1字ずつを取った「舟要観音」と「兄弟地蔵」を建立し、今も手を合わせる日々を送っている。

「息子のことだけではありません。喉元過ぎれば、ではありませんが、亡くなった方々がないがしろにされているような気がするんです。ですから、毎日祈りを捧げます」

そんな笹谷さんも、日和山への思いはひとしおだ。

「小さい頃から当たり前にあったのが日和山です。心のよりどころでした。はまなすが群生していたり、お祭りがあったり。姿形は変わりましたが、蒲生の象徴として日和山だけは残ってくれた。私のように、この山に強い思いを抱いている人も多いでしょう」

もともと日和山周辺には蒲生干潟があり、仙台海浜鳥獣保護区の特別保護地区に指定された自然豊かな地域。鯉の養殖でも有名だった。山頂からはバードウオッチングを楽しむこともできたという。蒲生ふるさと会会長の佐藤さんはこんな希望を持っている。

「もうここに住むことはできませんが、木を植えていずれ緑豊かな場所にして、日本一の日和山に多くの野鳥が再びやってくるようにしたいですね。私たちの大切なふるさとですから」

大津波に耐え抜いて「日本一」の座を奪回した日和山。そこに、艱難辛苦を乗り越えつつある人々が、筆舌に尽くせぬ思いを託しているように感じられる。実際に見れば笑みがこぼれてしまうような小さな山に、大いなる誇りが刻まれている。ふるさとを大切に思う強い気持ちと、それぞれの願いが込められている。日和山の山開きは、今年も7月1日に行われる。

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