記事

「1998年の宇多田ヒカル」著者が語った”音楽ビジネスの頂点と現在地”

1/2
日本の音楽史上、最もCDが売れた1998年。奇しくもこの年、今なお活躍する宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみが揃ってデビューしていた。この4人の17年間を追うことで、日本の音楽業界が置かれた現状を浮かび上がらせた意欲作『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)の著者、宇野維正氏に話を聞いた。【大谷広太・永田正行(編集部)】

■1998年 - "狂乱の時代"の最後の年

ーサブカルチャーの文脈で「1995年」が語られることは多いと思いますが、本書のタイトルにも入っている「1998年」とはどういう年だったのでしょうか。

宇野:1998年は、宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみ、MISIA、鈴木あみらがデビューした空前の女性シンガーの当たり年でした。中でも、宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみに関しては、かなり以前から4人は"同期"なんだという意識を持って見てきました。

そして、もちろんこれは後になってから判明することですが、この1998年は史上最も日本でCDが売れた年なんです。1999年、2000年の時点では「少し下がってきたかな、でもまた上向くかな」という感覚がありましたが、ゼロ年代も半ばに入ってきた頃には、そのことが明白になりました。

もしかしたら今の若い人たちには想像も出来ないかもしれませんが、当時は音楽を聴こうと思ったらCDを買うほかなかったんですよ。まだYouTubeも配信もありませんし、その頃には自分より上の世代が若い頃によくやっていた、ラジオをエアチェックするという文化も無くなっていました(笑)。

また、カラオケが若者のコミュニケーション・ツールの中心にあった時代で、CDに入っている"オリジナル・カラオケ"バージョンを聴きながら歌詞カードを見て歌う、ということを多くの人がしていたんですよね。レンタルCDショップには、8cmシングルの歌詞のコピーが置いてあったり(笑)。最近活躍されている、20代の女性作詞家に取材をした時も、10代の頃にレンタルショップで歌詞のコピーを全部もらってきて片っ端から書き写していたと言っていました。

ー2001年にiTunesが出て、ジャケットを並べたり、歌詞カードを見たりする機会も減りましたね。

宇野:そして音源のダウンロードやYouTubeやiPhoneが普及し…という時代がやって来るわけですが、そのようなことが起きる前の"CDの時代"だったからこそ、たくさんのお金がレコード会社にも回っていて、今では考えられないほど盛んに新人の発掘や青田買いが行われていました。それこそ「絶対メジャーではやれないよな」というようなアーティストまでメジャーからCDが出せて、そこにそれなりのプロモーション予算が付いていました。1998年は、そんな音楽業界の"狂乱の時代"の終焉が始まった年だったのかもしれません。

実際に、この1998年あたりで、その後の音楽シーンを牽引していく主要な登場人物も大方出揃い、そこで音楽業界の時計が止まってしまった感があるんですよ。その理由の一つには、その頃からレコード会社や事務所の力が強くなりすぎて、音楽メディアが機能しなくなったことが挙げられます。

1999年以降にデビューして大きな成功を収めたバンドも何組かいますが、彼らはテレビにも出ず、雑誌も決まったものにしか出なかった。それによって、狭い村の中で熱狂的な支持を生み出してきたわけですが、彼らと比べると、ずっと大衆に向き合ってきた宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみはタフだったと思います。いわゆるロキノン系とも揶揄されてきた、いくつかのバンドのような狭い村の中でお山の大将になるというやり方は、一見違うように見えて、実はAKB、EXILE、ジャニーズがやっている“自分たちだけの帝国”の中だけでファンを循環させて、他との繋がりを分断してしまう、その構造とあまり変わらないと考えています。

で、この構造を意識的に壊そうとしているのが、近年台頭しているSEKAI NO OWARIやゲスの極み乙女。なんですよね。このままでは市場はシュリンクしていくだけだと、意識的に文化のハブ的な存在になっていくアーティストが出てきています。サカナクションやPerfumeはその先駆的な存在と言えるでしょう。2010年代に入って、そういう人たちがようやくたくさん現れてきたという感じがしています。

ーある種の流行歌というか、老若男女が口ずさむような歌が再び生まれつつあると。

宇野:CDの売上だけで言うとゼロ年代の頃のBUMP OF CHIKENやRADWIMPSの方が上ですけど、"流行歌"という意味では彼らは『Dragon Night』や『私以外私じゃないの』みたいな曲を出せなかった。だから、音楽シーン全体の健全さという意味では、ゼロ年代と比べて、10年代には個人的に希望を持っています。

■デジタルによる"民主化"は、クオリティには繋がらなかった

ー音楽だけではなく、書籍・雑誌も、かつて凄く売れた時代があり、そのため予算も付いたからこそ出版社が作家やライターを育てることが出来ていたわけですよね。

一方で、ネットのおかげで出版社やレコード会社を通さずとも、誰でも目立つことが出来る"フラットな時代"になったんだ、という捉え方もできると思います。CDというメディアは衰退しましたが、ネットやデジタルによって、アマチュアが世間に知られる可能性は大きくなったのではないでしょうか。もっとも、レコード会社の支援が無ければ大きなヒットにはなりにくいのかもしれませんが…。


宇野:興味深いのは、そんなデジタルの時代になって世界で何が起きているか、ということです。

例えば、2013年に最も注目されたDaft Punkの『Random Access Memories』(2014年の第56回グラミー賞「最優秀アルバム」を受賞)というアルバムがありました。ここで彼らが何をやったかというと、往年のミュージシャンたちをスタジオに呼び、莫大な予算をかけてアナログ・レコーディングを行ったんです。この時代に、皆がやりたくてもやれないことを意図してやってみせ、それが時代を最も象徴する作品になったということです。

同じように、2014年の末に出たD'Angeloの『Black Messiah』(2016年グラミー賞「最優秀R&Bアルバム」受賞)も、ものすごく時間をかけてアナログ・レコーディングをし、ジャンルも飛び越え、最先端のジャズ系のプレイヤーなども招集してセッションを重ねることで、デジタルでは絶対に出せないグルーヴを創りだしています。

これは映画でも同様です。一番わかりやすいのが昨年末に公開された『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』でしょう。これはデジタル時代の象徴だったジョージ・ルーカスの新三部作とは真逆のロケ中心。撮影で実物大のミレニアム・ファルコン号を使ったりしていますよね。また、ポール・トーマス・アンダーソンやクエンティン・タランティーノなど、実力があって作家性の強い監督ほど、デジタルのカメラではなくフィルムにこだわって撮影していることにも表れています。

要するに、この時代における突出した表現というのは才能とお金と時間の掛け算でしか生まれないということが、ここ3、4年でわかってきたんですよね。その結果、見直されているのがアナログの質感と人と人のセッション感なんです。これに皆が気付き始めたのが2010年代なんだと思います。

日本ではその象徴が椎名林檎かもしれません。一般的には"我が強いアーティスト"というイメージを持たれているのかもしれませんが、彼女は常にスタジオやライブでの他のミュージシャンとのセッションによる"化学反応"の尊さを意識していて、「それこそが全てなんだ、そこで起きることがこの国の文化にとって大切なんだ」ということを表現しようとしているように見えます。

ーリスナーの姿勢も、音源を聴くことから、生演奏やライブに回帰している雰囲気はありますよね。アーティスト本人たちとしても、やっぱり生のストリングスをバックに演奏したいよね、といったような。

宇野:ライブに回帰しているのもまさにその表れなんです。ボカロPの人たちというのは確かにインターネットを通じて出てきたけれども、米津玄師のように世に出た後はバンドを組んでライブをやったりするわけです。やはり、それが多くの表現者にとって一番やりたいことなんですよね。

結論を言えば、デジタルというのは表現者にとっての"民主化"だったわけですけれども、必ずしも表現のクオリティの向上には繋がらなかったと僕は思っています。デジタルによって表現が開かれた、というのは一面では事実だけれども、かなりの部分では幻想だったなと。

あわせて読みたい

「音楽業界」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    "後ろに眞子さまが"皇室でもエコノミー利用

    PRESIDENT Online

  2. 2

    国民投票と安保法制にみる"リーダーの資質"

    一般社団法人日本戦略研究フォーラム

  3. 3

    知性の"AKB48化" 椎木里佳氏のコラムに異論

    吉川圭三

  4. 4

    民進党による公開質問状は"大ブーメラン"

    足立康史

  5. 5

    基礎から分かるイギリス"EU離脱"の真相

    PRESIDENT Online

  6. 6

    「人が消える」恐怖、立ち上がる香港

    WEDGE Infinity

  7. 7

    ハワイで壁建設 不興買うザッカーバーグ氏

    島田範正

  8. 8

    "明らかに選挙妨害"枝野幹事長が東電に怒り

    民進党

  9. 9

    小池氏"思いが先走った。ハラは固まった"

    小池百合子

  10. 10

    政治的大混乱の"二日酔い"に苦しむイギリス

    鈴木一人

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDまたはYahoo!IDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。