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「東大卒の保育士」がビジネスになる理由 AIは人類の敵か味方か? 新しい技術が経済にもたらすインパクトを考える(中編)井上智洋×飯田泰之 - 柳瀬 徹

前回で明らかになったのは、AIなどの新技術がもたらす格差拡大の可能性だった。消える仕事に就く人と残る仕事に就く人の、違いはどこにあるのか。お金や学歴だけでは得られない「財産」が、そこでは運命の分かれ目となってしまう。

AIとピケティの深い関係?

飯田 AIによって生じるであろう技術的失業や、賃金引き下げから逃れるために、人々はどの職種に移動するのでしょうか。正直なところ、現時点ではまったく見えません。

井上 既存の仕事が減っても新たな仕事が増えるから大丈夫なんだと断言する人もいますが、過去にそうだったからといって未来にあてはまるとは限りません。それが普遍的な経済の法則として成り立つ保証はどこにもないんです。僕の想像力では新しく生まれる仕事がイメージできないので、「遊んで暮らす社会を作るしかないんじゃないか」と言ってしまいたくなります(笑)。


飯田氏

飯田 コンピューターにはできないとされるのがデザインなどのクリエイティブ職や、コンサルティングだったわけですが、コンサルティングも代替されていくとなるとほかに何が残るのか、あるいは新たにどんな仕事が出てくるのかということですよね。

 今は肉体労働の需要が高い状況ですが、このまま賃金が上がっていけば代替も起こりやすくなります。もともと給料が安いものをITや人工知能に代替したところで、経営者にとっては意味がないからです。不況期は設備投資よりも人力でまかなってしまおうとするので、2000年代に業績を伸ばした外食チェーンなどは、限られたところしか自動化しませんでした。セントラルキッチン方式さえ導入していなかった有名チェーンもあったほどです。

井上 「イギリスで産業革命が起きたのは、イギリスの賃金が高かったからだ」というロバート・アレンの説がありますが、たしかに技術力だけみればフランスのほうが高かったんじゃないかという気もするんですよね。

飯田 発明家にはむしろフランス人が多いですもんね。

井上 けっしてイギリスが突出して技術が進んでいたわけではない。にもかかわらず、イギリスの賃金が高かったために最初の産業革命が起きたという見立ては、これからの未来を考える際にも有効な仮説かも知れません。賃金が相対的に高い職種ほど、AIやロボットに代替されやすいということになりますね。

飯田 AI革命を本気で進めたい人は、まずは人々の賃金を上げることを目指すべきかも知れないですね(笑)。その意味で今こそ真剣に考えなければならないのは、ほとんど誰も覚えていない例の「r>g」なのだと思います。

井上 わずか一年前に出た本なのに、もうすっかり話題に上らなくなりましたね。「資本収益率r」が「経済成長率g」を上回る限りは、資産家とそれ以外の経済格差は開いていってしまうという、『21世紀の資本』でのトマ・ピケティの議論ですね。

飯田 ほとんど「ラッスンゴレライ」並みに誰も口にしなくなってしまいましたが(笑)、フランスでは続編も出て話題になっていますし、日本人の飽きっぽさが際立ちます。

井上 重要になってくるのはこれからですね。AIロボットが人間の労働を代替したときに、そのロボットを誰が所有しているのか、という問題です。
みんなが等しく所有していれば、ロボットが作ったものをロボットが売って、人間は遊んで暮らすことができる。でも一部の資本家しか所有できないのであれば、遊んで暮らせるのは彼らだけ、労働者は職にあぶれて食うや食わずになってしまう。もしそうであるなら、なんらかの再分配政策が必要になるでしょう。


井上氏

飯田 生産手段の進化と独占は、ときに破壊的なインパクトを人類史にもたらしてきました。たとえばアジアのモンスーン地域にとって、米がもたらしたインパクトはとてつもなく大きかった。米はほかの作物と比べると格段に手がかからない。特に水田栽培の米は連作障害が出ないし、収穫量あたりの労働時間もほかの穀物よりはるかに低い。米に匹敵するのは、新大陸で作られるトウモロコシくらいなんだそうです。

 食料維持に奪われる時間が短くなると、食料生産に従事しない人が出てきて、王権や権力が発生する。皮肉なことですが、戦争をする余裕も生まれる。そして産業革命は、さらに生産に従事しない資本家を生みました。その後も技術が発達すると、工業から商業へと人が流れていきました。

 AIもまた、生産手段です。このあたりはほとんどマルクス経済学の世界ですが(笑)、技術革新は生産手段を持つ側、つまり資本家への資本分配率を上げることになるので、労働者との間に豊かさの大分岐が生じる可能性はとても大きいと思います。

文化や教養が人生の分かれ道になってしまうのか

飯田 ここまでの議論を「文化資本」、教養やスキルの面から考えてみます。20世紀までの技術革新では、その時点で必要とされる文化資本が最も少ない職業を機械が代替し、労働者はより文化資本を要求される職種へと移っていきました。炭鉱夫から工場労働へ、工場労働から技術部門や管理部門、事務や経理へという流れです。

井上 そうなんですよね。でも今後の技術革新は、文化資本の中間層を減らす圧力となっていく、ということですね。


中間所得層の労働がAIに代替され、が技術的失業者が肉体労働に移動する。今後、頭脳労働への移動を多くすることが課題となる。(井上智洋氏作成

飯田 この図の上から追い立てられて左側に逃げるのでは、全員の行き皿がなくなってしまう。下がり続ける賃金を取るか失業か、の二者択一になりかねない。創造的な労働はいわゆる「クリエイティブ職」よりももっと広義にとらえる必要はあるでしょうが、文化資本がないとほぼ就けないという問題は大きいです。

井上 身も蓋もない話ですが、本当にそうですね。

飯田 「田舎に住んで畑を耕して、夜は本を読んで質素に暮らせればそれでいい」という非成長的な志向もまた、高い文化資本のたまものであることがほとんどなんですよね。高度成長期から、それこそ私たちが育ったバブル期までは、自宅に百科事典や文学全集を揃えるのがステータスでした。でもそれは食うに困らない物的資本があることの裏返しで、そこで育った子にはその得難さは理解しにくい。そして、こういう有形無形の文化資本は、社会的な再分配がとても難しい。

井上 親から子へ受け継がれるものを取り上げて、別の誰かに渡すということができませんからね。

飯田 華僑やユダヤ系の人々が子どもの教育を重視する理由は、政治体制が変わっても取り上げられないからだという話を聞いたことがありますが、それだけ再分配されにくいということですね。

井上 今後の教育改革でどうなるかわかりませんが、日本はまだ点数さえ取ればどこの学校でも入ることができます。でもアメリカのアイビーリーグやフランスのグランゼコールなどは、文化資本がないととても入れないような選抜方法を採っています。どの家庭に生まれるかで受けられる教育レベルが決まってしまっていて、社会階層もほぼ決まってしまう。高い教育を受けられなければ、クリエイティブ層に行くことはかなり難しいでしょう。

飯田 文化資本による分断、大分岐ですよね。家庭ごとの文化資本の差は、日本でもどんどん広がっている気がします。年少時から海外のサマースクールで語学を学ばせるといったことも流行っていますね。

井上 子どもの早期教育に国がお金を出してくれれば、まだなんとかなるでしょうけど、やらないでしょうね。

飯田 もっといえば「学校くらいは真面目に行っておいたほうがいいよ」というのも文化資本で、それさえ欠けているとかなり厳しくなってしまいます。ペーパーテストも高成績で、文化資本も高いスーパーエリート層は、海外の大学に行ってしまう。成績か文化資本のどちらかでもあれば、広義のクリエイティブ層にはなんとか入ることができるでしょうが、どちらもないと厳しい。そして学力も文化資本も、代を重ねるごとにどんどん持っている層に集中していってしまうので、お金がないと階層移動はどんどん難しくなってしまいます。

「エリート学童保育」はなぜ生まれたのか

 そのことに気づいてしまった人たちも少なくありません。そのひとつは教育ビジネスです。学位を持っている外国人語学教師や、東大・一橋・早慶クラスの修士号以上でTOEFL一定成績以上の「保育士」を揃えた学童保育、などといったビジネスモデルがすでに存在しています。小学生から英語でディスカッションをさせたり、書籍やDVDもハイクラスのものを揃えている。でも受験勉強はまったく教えないそうです。

井上 徹底していますね。あくまでも文化資本だけを提供する、と。

飯田 これまで日本では文化資本は教育ビジネスにならなくて、ほぼ受験産業しかなかったのですが、現時点で金銭的資本を持っている層は、今後は文化資本が生命線になることに気づいている。

井上 難しい状況ですね。日本でうまくいくかどうかはわかりませんが、フィンランドのように教師資格要件のひとつが修士卒といった形で、すべての子どもが高い文化資本にアクセスできるように保証するのがひとつの手でしょうか。

飯田 たとえばスウェーデンは男女間の労働格差をなくすために、公共セクターで女性の雇用を優遇する政策を採りましたよね。ある程度の文化資本をつけていれば相対的に高賃金の職に就けるという状況が女性の社会進出ルートを作り、そのルートに乗った女性が次の世代に文化資本を継承していく。公教育や労働政策により文化資本を再分配することは、とても重要な課題だと思います。家庭単位での公平な再分配は難しいので、学校や学童にいる時間を長くすべきだとおっしゃる研究者もいます。それくらい文化資本を均等にすることは難しいということですね。

井上智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部講師。慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に、『新しいJavaの教科書』、『リーディングス政治経済学への数理的アプローチ』(共著)などがある。

飯田泰之(いいだ・やすゆき)
1975年東京都生まれ。エコノミスト、明治大学准教授、シノドスマネージング・ディレクター、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書に『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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