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ゲーム機なら壊してもいいのか

 2月12日、東京新聞の紙面にバイオリニストの高嶋ちさ子さんの記事が掲載された。

 そこには「私がバキバキに折ったゲーム機」として、無残に壊された任天堂3DSの写真が大写しにされていた。

 内容としては、高嶋の家では子供は7時以降電化製品を使ってはいけないことになっており、週末の宿題が終わった後に時間が余った時だけゲームをしてもいいというルール。子供がこれを破ったことから高嶋が怒り、ゲーム機を破壊したのだという。

 うん。単純に子供に対する虐待だ。

 高嶋は「約束を破ったから」というが、約束も何も、親と子供の間での約束がフェアであることはありえない。親が子供の生殺与奪の権利を持つ以上、子供はいくらルールに不満があろうとも逆らえない。週末の夕方5〜7時の間、宿題がちゃんと終わった後だけという、かなり理不尽なルールでも従うしかなかったのだろう。

 そして、子供が意に反した行動を取ると、「約束を破った」と称して、キレて暴力を見せつけて子供を威圧する。これが虐待でなければ一体何なのだろうか?

 高嶋のツイートを見るに、どういう理由かは分からないが、ツイッターで息子をバカな息子を怒鳴り続けて、子供の日記や宿題などを破ったと書かれている(*1)(*2)。こうした虐待は日常的に行われている可能性がある。

 それにしても高嶋と同様に腹が立つのは、壊されたゲーム機の写真を平気で載せる東京新聞だ。これがもし「我が子が猫と遊んで宿題をしなかったので、猫を殺してやった」と言って、殺された猫の写真が掲載されたらどうだろうか? さすがにそのような記事は掲載しないだろう。

 かつて、作家の坂東眞砂子さんが子猫を殺した(裏の庭に捨てた)という話をした時に「命あるものを殺すとはなにごとか!」と世論は紛糾した。その時に、僕はそれが紛糾するようなことであるとは思わなかった。そこには明確に「猫を去勢し、次の命を産めなくなるようにすること」に対する明確な批判が存在したからだ。ペットの去勢を義務であると思考停止し、そこにある「命を断つことの残酷さ」から目を背ける人たちが、ただ能動的に「死ぬかもしれない行為」をしたというだけのことに対して、「命あるものを殺した」という自分勝手な理屈をつけて坂東を叩いたのだ。

 今回の高嶋の行動と、安易に掲載した東京新聞に「命ないゲーム機は壊しても問題ない」という論理を僕は感じた。それは「命あるものを殺したことそのものが問題だ」として、命の大切さから目を背けた理屈と、全く同じ理屈であるように、僕は思う。

 確かにゲーム機に命はない。ゲーム機を壊したって、そこにあるのはただの機械の残骸に過ぎない。確かに、この場合に奪われたものは「命」ではない。では、何が壊されたのか。子供たちのゲームにかけた「気持ち」である。

 そしてそれは決して高嶋の子供たちだけの話ではない。その写真を大写しで新聞紙面に掲載するということは、子供たちと同じく、ゲームを大切にする人たちの気持ちも「壊された」のである。お前たちが大切に思うものなど、権力を持つものであれば、いつでもこのような残骸にできるし、それは肯定されるのだという宣告に等しいのである。

 ぼくらが子供の頃の「ゲーム」は子供同士のつながりを得るためのツールだった。一緒にゲームをしたり、ゲームを貸し借りすることによって関係性を作っていった。それは今のゲームでも同じだ。オンラインで見知らぬ誰かと一緒にあそんだり、アドホック通信で顔の見える友達と、一緒に難しいクエストをクリアすることにより、いろんな人との関係性を繋いでいく。高嶋ちさ子はそうした関係性を暴力によって、一方的に踏みにじったのである。

 人間の情というものは、決して目の前に見える命あるものだけに宿るものではない。

 オンラインの向こうで繋がる顔の見えない他人にも宿るし、そもそもそれをつなぐゲーム機そのものにも宿るものである。

 そうした情を大切にできない人間に、子供と関わる資格はない。一刻も早く児童相談所が動き、高嶋と子供たちの間を、この3DSのようにバキッとへし折ってやるべきではないだろうか?

(16.02.14 追記)
 そもそも僕がこの問題を重大な事件であると考えるのは、「子供の安全安心」の名の下に「外でひとりでいると、知らない人に声をかけられて被害にあう」という犯罪モデルが社会的に拡散され「子供を外に出さずに、常に学校と家庭で管理しよう」という社会的合意が産まれた。僕は当時からそのことが「学校や家庭が子供を閉じ込める密室と化すことにより、学校や家庭によって子供の安全安心が脅かされるのではないか」と気がかりであり、今回の虐待の件も、そうした文脈においてその危険性が、さも教育の延長であるかのように、ぼやかされてしまっていると考えるからである。

 統計を見ても、危険が煽られた当時から今に至るまで、子供が危険にさらされる事件の多くは、見知らぬ他人からではなく、肉親や親類縁者、そして近所の顔見知りという、近しい大人によるものである。
 そうした「密室化」によって問題が大きくなっていったのが、今話題になっている「巨大化する組体操」や「家庭内での虐待」である。  学校や家庭が「子供たちが安全安心である場」として社会全体で認識された結果、実際に行われている学校や家庭での危険な行動を危険であると認識しづらくなってしまったのである。

 夕暮れの公園でひとりで遊んでいる子供がいれば、そこに危険を感じるのに、巨大ピラミッドや、親による過度な子供支配の構図に対しては危険を感じるどころか、それを教育的だとして翼賛する人まで出てくる始末。
 今回の虐待も「親は子供を守るはずである=家庭は子供たちにとって、安全安心の場である」という色眼鏡によって、過剰な約束と、それに反した時の過剰な暴力が、虐待という子供に対する危機だという問題が見えづらくなっている。
 今一度、安全安心という思い込みを捨て、本当に子供にとって何が安全で安心なのかを問い直す時期に来ているのだろう。

(*1)せっかくの誕生日。バカな息子達を怒鳴り続け、それでも言うことを聞かないので9月に家出をする決心をした。「もうママには会えなくなるけど、元気でね」と言ったら「うん」だって。おかしいだろ。その受け答え。「行かないで」とか言えないのか?(高嶋ちさ子 Twitter)https://twitter.com/chisako824/status/503516826702073856
(*2)昨日キレて破った子供の日記と宿題。私が破いたから、私に修復の義務があるのか、破く気持ちにさせた息子が修復すべきか…。悩みつつカルメンさらう私。(高嶋ちさ子 Twitter)https://twitter.com/chisako824/status/503717483497271296

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