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宮崎駿監督「自分に与えられたフィールドとチャンスにおろそかになってはいけない」

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BLOGOS編集部
1月28日、笹川記念保健協力財団主催の「ハンセン病の歴史を語る 人類遺産世界会議」で、映画監督の宮﨑駿氏が「全生園で出会ったこと」と題する講演を行った。

ハンセン病の原因となる「らい菌」の感染力は弱く、国内での新規感染者は毎年数名程度という状態が続いている。一方、かつて国が患者を強制隔離していたことから、治療法が確立されてからも、元患者やその家族に対する差別や偏見が解消されずに残ってきた。今も多くの元患者が全国の療養所で暮らしている。

(左から)佐川さん、宮崎監督、平沢さん
「全生園」は、このうち東京都東村山市にある「国立ハンセン病療養所多磨全生園」のこと。同所の近くに住む宮崎監督は、散歩や通勤途中など、折に触れて「全生園」を訪れ、平沢保治さん(88歳、多磨全生園入所者自治会前会長)、佐川修さん(84歳、同自治会会長)ら入所者との交流を続けてきた。講演などを滅多に行わない宮崎監督だが、平沢さんと佐川さんからの依頼を受け、登壇を決めたという。

入所者の平均年齢が80歳を超える中、「全生園」の敷地や建物を「人権の森」として残していく構想を提唱している宮崎監督。「全生園」との関わりや、創作活動において大きな影響を受けたことを語った。講演の内容と、その後の記者団との質疑応答の内容をお送りする。

”おろそかに生きてはいけない”と思った

BLOGOS編集部
こんなことは初めてなんですが、朝、ズボンぐらいは折り目のついたものにしようとして、慌てて履き替えたものですから、いつも入れている財布からハンカチからライターから、全部忘れてきました。車の中で気がついて、今さら戻るわけにもいかなくて(笑)。それで、「全生園」へ入所する時には私物を全部提出して、それからお仕着せを着て入院するんだっていう話を思い出しました。

僕は、全生園から急いで歩けば15分ぐらいのところに住んでいます。50年前に女房とトラックを借りて引っ越しをしたんですけど、所沢街道を通って、右手に立派な生け垣が続いているところに差し掛かって、そこが全生園だってことを、初めて知ったんです。その角を曲がって、自分の住む秋津の方に向かったんです。

その頃もハンセン病についてそれなりに知ってはいたんです。伝染性は極めて弱いとか、特効薬があるかとか。でも、なにせ新婚ホヤホヤで、仕事の方にも夢中でしたから、ほとんど関わることもなく、20年ぐらいが経っちゃいました。

今から20数年前ですけども、後に『もののけ姫』という映画になる、日本を舞台に時代劇を作る企画を立ち上げていました。

原作はもちろんないわけで、主人公が刀を下げた侍ではないとしたら、どういう形になるか。貴族でもなかったらどういう映画が作れるだろうかと。それで参考になったのは、一遍上人の時宗という宗教改革を描いた『一遍上人絵伝』でした。

それを見ますと、ありとあらゆる生業が出てきます。例えば、お寺・神社の周りには、乞食やハンセン病の人がいます。その他、得体の知れない、唐傘を差して一本歯の高下駄を履いている男たちとか、本当に不思議な人達がいっぱい出て来るんです。時代劇で見てきた世界とは全然違う、本当の民衆の姿が描かれているなと思いましたよ。

なんとかして、この人達が登場する映画を作れないか、と。主人公にする上では、それなりに活動する能力を持っていないと映画になりませんので、謎に満ちている「エミシ」という人々ですね。

それから、『一遍上人絵伝』を見て興味を持っていました、”たたら者”っていう、朝鮮半島を経由して入ってきた、製鉄をする人々です。中国地方の山の中で、砂鉄と炭を求めて、山から山へ移って行く集団ですが、その人達が作った鉄が色んな人間を経て、里に降りてくる。農具になり、あるいは武器になり、ということだったらしいんです。

で、たちまち行きづまりました。そうすると、ノートを持ってウロウロ歩き回るしかないわけです。そのうちに、家から15分のところにある「全生園」の前に来たんです。『一遍上人絵伝』の中にあったハンセン病の人達のことを考えると、そこで私が踵を返して帰ることは出来ないのではないかと思って、初めて中に足を踏み入れました。

なぜそれまで入らなかったのかというと、それは大変な、惨憺たる運命に生きている人達に出会った時に、自分がどういう顔をしていいか分からないという、恐れが大きかったからなんです。

冬の日でしたけど、全生園の裏の方から入っていきましたら、すごい桜の並木が見えました。桜の見事な巨木が実に生々しくて、衝撃を受けてその日はそのまま帰ってしまいました。

それから何度か訪ねて行くうちに、資料館にも入ったんです。当時はまだ古い資料館(旧「高松宮記念ハンセン病資料館」)でした。療養所で使われていた、お金に代わる、ブリキで作った通貨など、色々な生活雑器が大量に保存されていました。大変な衝撃を受けました。

そのあと、何度も資料館へ行くようになるんですが、その度に、”おろそかに生きてはいけない”という風に思いました。”おろそかに生きてはいけない”、というのは、今、自分がぶつかっている作品をどういう風に作るかということを、真正面からキチンとやらなければいけない、そういうことだと思います。

実際、『もののけ姫』にはハンセン病の人も出しました。それは”無難な線”ではなくて、当時”業病”と言われたハンセン病を患いながら、それでもちゃんと生きようとした人達のことを、はっきり描かなければいけないと思ったんです。

しかし、本当のことをいいますと、これを患者のみなさんが見た時に、どういう風に受け取るかということが、ものすごく恐ろしかったんです。平沢さんや佐川さんに見てもらうのがとても怖かったんです。でも、とても喜んでもらったんで、本当に僕は救われた思いがしました。

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