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米国に見る異次元金融緩和から正常な状態への復帰プロセス

2015年12月16日にFOMC(Federal Open Market Committee)は、フェデラルファンドレートの目標レンジを現在の0.0%-0.25%から0.25%-0.5%に0.25%引き上げる決定を発表しました。プレス・リリース原文はこちらです。それで決定発表の翌日は実際にほぼ目標レンジ中央値の0.37%になりました。実に久しぶりにフェデラルファンドレート水準が動いたので、現在は歴史的に見てどういう水準にあるのかをあらためて見てみることにします。FRBのサイトから1954年7月1日から現在までの実に60年間の日々実績データを取得することができます。

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60年間でフェデラルファンドレートが最高だったのは、1981年7月22日の22.36%でした。このときはインターバンク市場から資金が消えてしまったと言われて大混乱しました。その後、1991年以降は、引き締め期で概ね5から7%程度、緩和期で概ね1から3%程度のレンジで推移していました。ところが2008年の金融危機以降はほぼゼロ金利水準に張り付いたまますでに7年も経過しています。

ほぼ無利息に近いゼロ金利近辺に張り付いてしまうと金利は金融緩和手段として使えないことになります。FOMCは、雇用の回復や目標インフレ率2%の実現に自信が持てたので、異常なゼロ金利からの離脱を実現することにしたのです。ですからこれは高いインフレ率を懸念した金融引き締めの「いわゆる利上げ」の始まりではなく、様子を見ながら過去の緩和期の1から3%程度のレンジに向けて「少しずつ正常化していくプロセスに着手した」ものと理解すべきでしょう。

米国内の経済金融情勢から見ればきわめて妥当で健全な対処に思えますが、世界に目を向けると、欧州中央銀行(ECB)の政策金利は0.05%、日銀の基準割引率は2008年12月からずっと0.3%に張り付いていて、いずれもほぼゼロ金利状態にあります。そこで、世界の金融センターである米国だけが金利を「ゼロ金利から正常化していく」と国際的な影響は避けられません。したがって、今回の発表に対する強い非難は世界経済に対する悪影響への懸念からもっぱら発せられています。

ここで世界全体の問題を考えるのは手に余るので、あらためて米国内について振り返ってみます。ゼロ金利という金融緩和が行われたのは、2008年のリーマンショックに端を発する世界金融危機に対処するためでした。金融危機は同時に著しい景気後退をもたらし、米国の名目GDPは第二次大戦後初めて純減し、雇用者数も著しく減少しました。したがって強力な景気浮揚策が必要でしたが、金利政策の手段はなくなっていたため、以降は量的金融緩和(quantitative easing : QE)が行われました。今回の決定発表の中でも、QEで取得した不動産担保証券や財務省証券は、元本償還分の再投資(reinvesting principal payments)により保有残高を維持していくことが表明されています。元本償還によって保有残高が減少すると実質的な量的金融引き締めになってしまいます。したがって、実際問題として重要なのは、僅かな金利の引き上げよりもこちらの方です。

2013年6月に量的金融緩和(QE)をどのように終わらせるかという出口戦略(exit strategy)が公表され、毎月の買い上げ規模が段階的に縮小されていって、2014年10月追加的買い上げの停止が発表されました。景気刺激策を終わらせるのは市場にネガティヴインパクトを与えるので、予告してから1年半をかけて実施したのです。予告の時は株価は大きく下がりましたが実際に停止したときは逆に株価は上昇しました。

QEで買取対象とされた、不動産担保ローンのキャッシュフローに裏付けされた証券(Mortgage Backed Securities : MBS)と自動車ローンなど消費者信用債権のキャッシュフローに裏付けられた証券(Asset Backed Securities : ABS)は、金融危機以降新たな証券化発行がほぼ停止していて市場の発行残高は大幅に減少しています(末尾に参考グラフ)。他方で、景気対策や税収減による大幅な財政赤字(末尾に参考グラフ)によって米国債(財務省証券)はかつてない勢いで増加を続けてきました。

財務省証券がどのような勢いで増加し、誰がそれを引き受けてきたかは財務省の公開資料から見ることができます。
Treasury Securities.jpg
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まず、全体を見ると、2015年第3四半期末の発行残高は14兆3,767億ドルで、2015年第3四半期の年換算名目GDP速報18兆602億ドルの80%にも相当し、金融危機前の2007年末からの累計では8兆3,255億ドル(138%増・約2.4倍に)も増加しました。保有者は、外国(非居住者)が40%以上を占め、銀行は4%に過ぎません。通貨当局(連邦準備銀行)は17%で国内最大の保有者になりました。

金融危機不況によって増加した8兆3,255億ドルを誰が引き受けたのかを示したのが次のグラフです。
Treasury Securities2.jpg
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増加額8兆3,255億ドルのうち、45%は外国(非居住者)保有増加で通貨当局(連邦準備銀行)がQEで保有増加した21%の倍以上になります。個人および実質個人資産であるオープン投信(Mutual Funds)と年金基金の保有増加を合わせると27%で、銀行の保有増加は全体の僅かに6%だけでした。これによって国債(財務省証券)大量発行は銀行の資金繰りにほとんど影響を与えずに済んだことが分かります。

それでは、外国(非居住者)とはどこなのか、国(保有者居住国)別保有高を見ていきます。財務省のデータですが時点が少し違う(下は各6月末)ので上の数値とは若干相違があります。
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2015年6月末に外国(非居住者)が保有していた米国財務省証券(短期も含む)は6兆1,748億ドルで、金融危機前の2007年6月末から3兆9,808億ドル(181%増・約2.8倍に)も増加しました。その間に中国(居住者)は4,772億ドルから1兆2,712億ドルに7,940億ドル(166%増・2.7倍に)も増加し最大の保有国になりました。日本(居住者)は6,223億ドルから1兆1,971億ドルに5,748億ドル(92%増・約2倍に)も増加しましたがこの間に最大の保有国の地位を中国に譲りました。しかし、それでも日本の保有額は120円/ドルで換算すると実に143兆6,520億円にもなり、これは日本の名目GDP500兆円の29%にも相当します。

米国は、主として防衛支出削減による歳出増加抑制と景気回復による税収増加によって財政赤字縮小を実現してきていて(末尾に参考グラフ)、財務省証券の発行残高増加額もかなり小さくなってきました。その過程でまずQE3の「追加買い上げ停止」が行われ、次の段階として今回の「ゼロ金利の是正」が始められました。次の「異次元緩和から正常な状態への復帰プロセス」はどのようなものになるのでしょうか。

通貨当局は少なくとも1%以上までフェデラルファンドレート水準の回復を目指すのでしょうか。これはたぶんイエスでしょう。政府は財政黒字化によって財務省証券残高の縮小を目指すでしょうか。これはほとんどノーでしょう。通貨当局はQEで買い入れた財務省証券の削減を目指すのでしょうか。おそらくそれはノーですが、もし外国から米国への資金流入が急拡大して米国債(財務省証券)への需要が過度に高まる(価格が上がり金利が下がる)ようなことがあれば売るかもしれません。

通貨当局が国債を大量に購入して通貨供給を拡大することは、米国の実績を見る限り正常な状態に回復する出口にたどりつける緊急対策であれば問題は大きくないように見えます。翻って、日本の異次元緩和は将来出口を見いだすことができるかどうかについては、なお不安が拭いきれません。日本の政府は借金まみれですが、日本国居住者全体では大変大きな対外債権を保有していることは、ひとつの大きな安心材料ではあります。

最後に、参考となるグラフを提示しておきます。(過去の記事のグラフをアップデートしたものです)
<米国の財政収支推移>
budget receipts and outlays S.jpg
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<量的金融指標 M1とM2残高の推移>
M1M2.jpg
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<債権保有者別不動産担保債務残高(MDO)推移>
MDO.jpg
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<保有者別消費者信用残高推移>
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