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(続)2016年はIoTのためのMVNOが加速するか

「2016年はIoTのためのMVNOが加速するか」という記事で予告した月刊Wedge2016年1月号の記事は、次のように結んだ。
うがった見方をすれば 、アップルの狙いはeSIMを提供することによって、3rdパーティのiPhoneやiPadのアプリだけでなく、ハードウェアまでもそのエコシステムに組み込もうとしているのではないかと考えることもできる。いろいろなモノにアップルのeSIMが組み込まれてインターネットにつながる。
人々はiPhoneやiPadを使って、モノからの情報を受け取ったりモノに指示を与えたりする。アップルは、そんな世界を創ろうとしているのではないだろうか。このまま日本のモバイル通信がガラパゴス状態から抜け出せないと、IoT時代のエコシステムもアップルに抑えられてしまいかねない。
7月16日のフィナンシャルタイムスは、「アップルとサムスンは、eSIMカードを製品化するために、移動通信の業界団体(GSMA)に参加する話し合いを最終段階に向けて進めている」と報じた。それをうがって見てみたのは、「モノのインターネットの通信は金にならない」からだ。
スマホ向けの格安SIMを提供するMVNOが、(例えば)NTTドコモに支払うXi(LTE)サービスの2014年度の接続料は、10Mbpsという帯域について月額945,059円だ。それを超えると、1.0Mbpsごとに94,505円増加する。もちろんMVNOにとっては、10Mbpsという帯域ではビジネスにならない。その数倍、数十倍の帯域を調達して、多くの顧客を獲得しなければならない。

それに対しIoT端末は、通信するデータ量が小さく、そのスピードも遅くて構わないケースが多い。また、通信の時間をうまく分散できれば、それほどの帯域は必要ない。

例えば、128kbpsの低速で、1回の通信で50文字(半角)のテキストデータ、例えばGPSによる位置情報などをクラウドに送信するIoT端末を考えてみる。単純に10Mbpsを128kbpsで割れば、同時に78台のIoT端末が128kbpsで接続可能だ。128kbpsで50文字(400ビット)を送信する時間は1/320秒なので、1秒を320台で分割すれば合計25000台のIoT端末が通信することができる。

さらに乱暴な計算を続けると、それぞれの端末が1分間に1回の頻度で通信する必要があるケースであれば、10Mbpsの帯域で150万台のIoT端末に通信サービスが提供できることになる。
このような(乱暴な計算の)例の場合、100万円程度で調達した通信を150万台のIoT端末向けに販売するならば、その調達価格は1台あたり月額1円にも満たない。MVNO事業には通信交換機や課金・認証などの初期投資だけでも数十億円かかる設備を保有し、さらに運用や保守も自社で行う必要がある。

これまでのMVNOの形態で、モノのインターネットのためのモバイル通信サービスを提供することは難しい。

アップルがIoT向けのMVNOに乗り出す?


しかしアップルには、その「金にならないモノのインターネットの通信」に参入する戦略的な意味がある。
ジョブズといえども、iPhoneに匹敵するような大成功をもたらす革新的な製品を、また「発明」することは容易なことではなかっただろう。クックが、スマートフォンの市場を拡大して、iPhoneのシェアをさらに増やすことを最も優先すべきだと考えるのは自然なことだ。iPhoneで得られる経験価値をさらに向上させ、iPhoneでなければならない理由をつくる。

WWDCで発表されて大きな話題を呼んだ定額の音楽ストリーミング配信サービス(Apple Music)も、その戦略の一環だと考えることができる。App StoreやiTunes Storeなどで販売される音楽やアプリなどの売り上げは全体の1割にも満たない。しかし、それらのサービスなくしてはiPhoneのビジネスが成り立たないことは明白だ。Apple Musicから得られる利益も、Appleにとって重要なものではないだろう。元々、Appleとしては利益を度外視しているのではないかと思われるほどの、競合他社に圧倒的な差をつけるための価格設定を狙っていたようだ。

Apple Watchも、そのような視点からAppleにおける、その戦略的な位置づけを考えることができるのではないだろうか。Apple Watchを購入すると「iPhoneでなければならない理由」ができ、その顧客はAndroidへの乗り換えを躊躇する。Apple MusicやApple Watchが、少しずつ人々の生活を変えればいい。それによってiPhoneが、さらに人々の生活になくてはならないものになっていく。
すでにアップルは昨年10月から、ユーザが購入後に携帯通信キャリアとデータプランを選ぶことができる独自のApple SIMが付属したiPadを販売しているが、アップルがモバイル通信サービスを提供しているわけではない。しかしアップルが(例によって半ば強引に)世界各地の携帯キャリアと接続し、MVNOとして「モノのインターネットの通信」を、「インターネットにつながったモノ」をつくろうとする企業に提供することは十分に考えられる。

一般消費者向けの「インターネットにつながったモノ」のビジネスモデルにおいて、その通信をどのように提供するかということは大きな課題だ。モノを購入した後で、携帯キャリアやMVNOからSIMを購入して月々の利用契約をしなければならないとしたら非常に面倒だろう。

「インターネットにつながったモノ」を購入する。そのモノと連携するiPhoneのアプリをApp Storeからダウンロードする。そのサービスを利用するには、アプリの利用料金を支払う必要があるが、それにはモノの通信料金が含まれている。ユーザは通信料金を払うのではなく、モノとサービスを利用することで得られる「新しい体験」に対価を支払う。いろいろなモノにアップルのeSIMが組み込まれてインターネットにつながる。それがiPhoneで得られる経験価値をさらに向上させ、iPhoneでなければならない理由をつくる。

米テスラ・モーターズの電気自動車「モデルS」はインターネットにつながっており、スマートフォンのアプリを使って離れた場所から管理・操作することができる。航続可能な距離や充電状況を確認したり、充電完了の通知を受け取ったり、遠隔操作でルーフの開閉や空調のコントロールをしたり、駐車した場所をGPSによって確認したりすることができる。日本ではNTTドコモのSIMが搭載されているが、テスラのオーナーはドコモにもテスラにも通信料金を支払う必要はない。1,000万円もするモノであれば、通信するデータ量が小さく、そのスピードも遅くて構わないIoT端末の通信料金のコストを、端末本体の価格に算入してしまうことが可能になる。

米国で販売されているサムスンのスマートウォッチGalaxy Gear S2には、eSIMが内蔵(エンベッド)されたモデルがある。その3G/4Gに対応したモデルは、AT&T、Verizon、T-Mobileのいずれかのキャリアから購入し、同時にモバイル通信プランを契約する必要がある。例えばAT&Tで購入する場合は、複数の端末で5Gバイトのデータ通信と無制限の音声通話が利用できるモバイル・シェアというプランが月額50ドルになる。これはスマートフォンとGalaxy Gear S2で一つの契約を共有することなどを想定している。別々に購入したスマートフォンとGalaxy Gear S2をペアリングすれば、スマートフォンを持っていないときでも、Galaxy Gear S2で電話をかけたり、メッセージやeメールを送ったり、スマートフォンへの着信通知を受け取ったりすることができる。T-Mobleで購入する場合は、2年縛りで月額15ドルのモバイル通信料金と15ドルのGalaxy Gear S2の割賦料金というプランがあるが、スマートフォンの契約があればモバイル通信の追加料金は5ドルになる。

一般消費者向けのIoT製品の勝負はこれから


日本の製造業から、一般消費者向けのイノベーティブな製品が生み出されなくなって久しい。スマホエコノミーにおいても、その存在感は希薄になってしまった。
スマホエコノミーのスマートフォンの部品のレイヤーには、村田製作所(チップ積層セラミックコンデンサー)、日本電産(振動モーター)、アルプス電気(オートフォーカスと手振れ補正用アクチュエーター)などの、高い技術力を持った日本のメーカーがいる。皮肉なことに、スマートフォン事業が低迷するソニーも、イメージセンサーを他のセットメーカーに提供する事業は好調だ。
しかし、テスラにしてもサムスンにしても「インターネットにつながったモノ」で可能になることは、まだ「新しい体験」と言えるほどのことではない。"nice to have"かもしれないが"must have"なものではないだろう(まあ、なくても良いものだと思う)。テスラの場合は、その通信料金をユーザが意識することがないので「おまけ」と考えることもできるが、サムスンの場合はビジネスモデルを含めてまだまだ試行錯誤の段階だろう。一般消費者向けのIoT製品の勝負はこれからだ。日本の製造業にとっても反転攻勢に出る大きなチャンスと言える。

2014年10月にパナソニックは、企業向けのMVNOに参入すると発表した。同社は2007年にhi-hoというプロバイダー事業から撤退したが、2013年にスマートフォン向けのWonderlinkというブランドの格安SIMの通信ビジネスに再参入した。これはMVNOではあるが、「通信交換機や課金・認証などの初期投資だけでも数十億円かかる設備」を保有するMVNEと呼ばれる他社(富士通とIIJ)のソリューションを利用したものだ。新しい企業向けのMVNO事業は、これらの設備を自社で保有して「お客様の用途に合わせたフレキシブルな無線通信サービスプラン提供を実現し、当社の無線対応機器および保守・運用サービスと組み合わせ、ハードから通信回線・運用まで一気通貫のワンストップソリューションとして企業向けに提案」するという。

言うまでもなく、パナソニックは多くの一般消費者向けの製品をつくる日本を代表する製造業だ。「金にならないモノのインターネットの通信」を事業として考えるよりも、せっかくの自前のMVNOを武器として活用し、自社の製品をIoT化することによって「新しい体験」の価値を創造することにチャレンジして欲しいと思う。
製造業のイノベーション戦略を考えるには、製品と市場という軸を、それぞれの上位概念である技術とドメインという軸で表すとわかりやすい。①はアンゾフが水平型の多角化と呼んでいるものに近い。すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用してプロダクトのイノベーションを行う。
innovation_matrix
この①が「インターネットにつながったモノ」であり、それに必要な「新技術」とは、モノをインターネットにつなげるためのモバイル通信や、モノと通信するクラウド上のサービスや、そのサービスを経由してモノから情報を受け取ったり指示を与えるためのスマートフォンのアプリに関する技術だ。
これまでハードウェアの価値の向上に集中してきた製造業にとって、 Webサービスやスマートフォンのアプリケーションなどは非常に不得手な分野に違いない。ソフトウェアというと、膨大な投資で開発運用する社内の総務関係や生産管理のITシステム、あるいは機器に組み込まれメカや電気の隙間を埋めるだけのファーム・ウェアと呼ばれるものしか思い浮かばない経営層も多いだろう。自社の事業にとっての、スマートフォンのアプリの重要性など想像もつかない。これは、IoT時代を生き抜こうとする製造業にとって致命的な問題だ。
パナソニックの企業向けMVNOは、パナソニックAVCネットワークスという別会社の事業のようだが、製品事業部との壁は他企業との壁よりも厚いのかもしれない。その壁を壊すことが、「アプリの力」以上に必要なことだろう。

「2016年はIoTのためのMVNOが加速するか」という問いについては、「モノのインターネットのための通信は金にならない」ので「これまでのMVNOの形態で、モノのインターネットのためのモバイル通信サービスを提供することは難しい」だろうと答える。しかし、一般消費者向けの製品をつくる製造業において、「インターネットにつながったモノ」をつくるためのバリューネットワークとしてのMVNOを水平統合するという戦略は検討する価値があるのではないだろうか。

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