記事

乃木坂46と「ライブ」との距離 - 乃木坂46論 第5回

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

 乃木坂46の総合プロデューサー・秋元康は、「AKB48の公式ライバル」としての乃木坂46について語った折、AKB48とは「接点を持たないライバル関係でいたほうが面白いだろうと思っていましたね」と述べたあと、次のように続けている。

 ただAKB48と全く違うことをやろうとすると、普通になっちゃうんですよ。違うものにするため、劇場を持たず、ホールコンサートを中心にして、ファンのみなさんにはテレビ番組を通じて応援してもらうというのは、言ってしまえば当たり前のアイドルになるというパラドックスになってしまう。(「日経エンタテインメント!」2015年2月号、日経BP社)

 一見するとこれは、合点がいくような話である。「劇場を持たず、ホールコンサートを中心にして、ファンのみなさんにはテレビ番組を通じて応援してもらう」と言われれば、いかにもよくあるような戦略に思える。もちろん秋元も、それを昔ながらのオーソドックスな芸能活動として語っている。続けて秋元は、だからこそ乃木坂46はフレンチポップスを意識した初期の楽曲や「清楚」などのキーワードで語られる衣装、あるいは舞台公演『16人のプリンシパル』を発端とした演劇などによって差別化をはかったのだとして、グループ草創期の施策について述べていく。ごく自然に納得してしまうような話の流れだが、現状に即するならば、この話はさらに反転する。

希少な存在としての「当たり前のアイドル」

 今日のグループアイドルシーンを考えるとき、乃木坂46について秋元がいう「ホールコンサートを中心にして、ファンのみなさんにはテレビ番組を通じて応援してもらう」というあり方は、実は「当たり前」ではない。本連載第1回で概観したように、現在のアイドルシーンの特徴は、その主戦場がテレビメディアではなくライブやイベントをおこなう「現場」へと移ったことだった。「現場」がアイドルの主たる活動場所として認知されるようになったからこそ、多様なやり方で「アイドルになる」ことが可能になったし、様々な場所で随時ライブパフォーマンスがおこなわれる流れが生まれ、それがグループアイドルシーンの活況を招いた。そして、そんな「現場」主導の潮流を作ったのは、ほかならぬ秋元康が手がけたAKB48である。

 さらにいえば、そうした流れに先立って、テレビメディアでは1990年代には「アイドル」を生かすための基本的なコンテンツである歌番組がかつてに比べ衰退していた(太田省一『中居正広という生き方』青弓社、2015年)。それでも秋元がホールコンサートとテレビ番組での認知という手法を「当たり前のアイドル」と表現したのは、それがかつてのアイドルの常套的な戦略だったためだ。秋元がアイドルグループ・おニャン子クラブをプロデュースしていた80年代半ばはもちろん、90年代も基本的にそのイメージは変わらなかっただろう。だから、それが昔ながらの「よくあるアイドルプロデュース」だったことは間違いない。けれど実際の環境としては、定期的なライブのための「現場」をもたず、CDデビュー前からテレビで冠番組をもつことができた乃木坂46は、昨今のアイドルシーンにとっては、むしろ稀有な仕方でスタートしたグループである。そこに、秋元が言葉にしなかったもう一つのパラドックスがある。いわば、その「当たり前のアイドル」像は現在、当たり前からは程遠いところにあるのだ。

 もっとも、秋元が「当たり前」を回避するための差別化として挙げていた要素は、彼が言う「当たり前」の戦略と相性がよかった。「現場」主導のアイドルシーンで頭角を現すには、ライブで支持を得ることが重要になる。「現場」でおこなわれる日々のライブで初見の人々を巻き込んだり、観客の熱狂を維持したりするには多くの場合、アッパーな楽曲を旗印にすることが有利にはたらく。曲のイントロでファンが定型的なコールをする「MIX」が、アイドルのライブ文化の代表的なものになることからも、その傾向はうかがえる。

 乃木坂46は、そのような潮流からはいくぶん超然としていられる立場にいた。秋元が先のインタビューで示していたのは、グループ初期のコンセプトとしてのフレンチポップス感だったが、その後さらに乃木坂46のトレードマークになっていくのは、5枚目シングル表題曲「君の名は希望」などに代表されるような、落ち着いた聴取環境でこそ映える、鍵盤の旋律を基調にしたミドルバラードである。そうした楽曲を世に送り出すグループとして認知されていくにあたって、初見でもわかる明快な熱量で「現場」を常時盛り上げる必要がない環境は、プラスにはたらいたとも考えられる。

 また、本連載では秋元の演劇への憧憬をひとつのキーポイントにしているが、前回考察した2015年10月の舞台『すべての犬は天国へ行く』での成果や、14年に若月佑美が『生きてるものはいないのか』に出演したことなどから浮かび上がる、演劇への独特のアプローチも、しばしば「文化系」といわれるグループのイメージによってこそ引き立つものだった。ここで「文化系」というのは、日々のライブ公演に裏づけられたAKB48のタフな体育会系イメージがその対比としてあるためだ。AKB48だけでなく、ライブを前提にした「現場」が主戦場になる現在のアイドルシーンのなかで、あらかじめそうしたライブの場を十分に用意せずスタートした乃木坂46は、その時点で異質だった。もはや過去のものになった「当たり前のアイドル」的な戦略そのものが、今日ではそのまま差別化にもなっていた。

ライブ経験と会場規模とのギャップ

 とはいえ、今日のグループアイドルシーンが、「現場」での日々のライブの積み重ねによって特徴づけられるのであれば、乃木坂46もまた「アイドル」に属している以上、そのライブパフォーマンスがどのようなレベルにあるのかが問われる局面は当然生じてくる。率直にいえば、ライブパフォーマンスの場数が少ない乃木坂46にとっては、それが当初からのウィークポイントだった。しかしそのこととは別に、グループとしての人気や知名度はデビュー以降、順風満帆に伸びていき、「君の名は希望」に代表されるようなバラードを旗印にして楽曲的評価も高まっていく。その知名度上昇に応じて、節目に開催されるコンサート会場も、有名アーティストと同等の規模へと膨れ上がる。CDデビューの翌年の2013年には国立競技場第一体育館の昼夜2公演で2万4,000人を動員、同年12月には日本武道館で初公演をおこなった。続く14年には横浜アリーナでの「乃木坂46 2ND YEAR BIRTHDAY LIVE」で1万3,000人を動員、その年の夏にはおよそ3万人の観衆を集めて明治神宮野球場でのライブ開催と、万単位の集客を誇るグループへとステップアップしていく。

 ハイスピードで大会場のライブ開催を次々と実現したことは、秋元がいう「当たり前のアイドル」的な戦略と相性がいいブランディングがもたらした、正当な成果だった。もちろん、日常的なライブが少ないぶん、そのような節目のライブはファンにとっても貴重な機会になる。ただし乃木坂46の場合、小さな規模の会場での豊富なライブ経験を裏づけにしながらステップアップしていくようなあり方とは大きく違う。ライブ全盛の今日のアイドルシーンにあって、それはスタンダードな道程ではない。今日的な潮流とはやや違うスタンスで独自のブランドを確立して人気グループになったこと、それは「現場」の積み重ねが前提になるほかのグループと比べたとき、ライブ経験値の少なさが目立ってしまうことと表裏一体だった。

 さて、ここからの話を簡単に先回りすれば、グループ初期の活動でそのようなウィークポイントが指摘されがちだった乃木坂46が、特にこの2年間ほどをかけて、どのようにパフォーマンスのクオリティーを底上げし、ライブに関して独自の色を花開かせつつあるのか、そのことをみていくものになる。ただし、ライブの積み重ねを軸に成長するような現在の“当たり前”とは違うルートで持ち味を磨いてきたグループであるだけに、ライブパフォーマンスの質が好転していく契機もまた特有のかたちで生まれていった。

アンダーライブ――始まりとしての2014年

 乃木坂46のライブが語られるとき、キーポイントに必ず挙げられるのが「アンダー」という言葉だ。AKB48などでも使われるこの言葉は、おおまかにいえばシングルCDの表題曲の選抜メンバーから漏れた、「選抜されていない」メンバーを指している。そもそも、シングル曲リリースにあたって参加メンバーがグループ全体のなかから限られた数だけ選別されるのは、数十人単位の人員をもつ大規模グループの特徴である。メディアに出演する際に個々を認知してもらって知名度を高めるうえで、数十人を一度に出演させるのは効率的ではない。だからこそ、まずは広く知ってもらうために旗印になるメンバーを限定して選抜する。それはAKB48でも乃木坂46でも、おおむね変わらない。さらにいえば、熱心なファンでないかぎり、グループが出演したメディアすべてを見てくれるわけではない。たまたま何度か目にしたグループのメンバーとして出演しているのが、そのつど違う人物であればグループ自体のイメージはなかなか定着しない。だから、選抜されるメンバーはアイコンとしてある程度、固定されることになる。それは運営する側が誰を“贔屓している”といった水準で語ることができない、グループの社会的認知のための効率の話になる。

 ではこのとき、選抜されなかった「アンダー」はどこに活路を見いだすのか。「現場」でのライブがほとんど前提になっている今日、大きなメディアへの出演が少ないアンダーメンバーにとっては、日々のライブ活動がそうした場になる。AKB48をはじめ、SKE48など各地域の派生グループを含む「48グループ」はどこも、常設劇場を構えて連日ライブをおこなうことが基本になっている。選抜メンバーにマスメディアでの活動が増え、劇場に出演できなくなれば、常設劇場は非選抜メンバーにとって、より直接的な活躍の場になり、そこからファンの支持も拡大していく。本連載で見てきたように、常設劇場というコンセプトは秋元の宝塚歌劇や小劇場への憧憬がかたちになったものである。しかしまた、数十人単位の大規模グループにとって、マスメディア以外の拠点を基盤にもつことは、各メンバーに活路を開くために最適化されたデザインでもあるのだ。

 その活路が、乃木坂46のアンダーメンバーにはなかった。テレビなどのメディアを中心的な活動とするなかで選抜メンバーは固定されがちになり、必然的にアンダーメンバーも固定される。これはグループ全体の慢性的な課題にもありつつあった。アンダーメンバーだけによるライブが初めて開催されたのは、そうした頃合いだった。

 2014年4月、8枚目シングル「気づいたら片想い」のリリースに関連したイベントとして初開催されたこのアンダーライブは、アンダーメンバーに目を向けてもらうための機会ではあるが、この時点ではアンダーの力量を知らしめるだけのものにはならなかった。選抜常連メンバーに比べて活動の場自体が少なかったアンダーメンバーにはまだ、実力を見せるための経験値はなかった。また、単発的に用意されたこの企画イベントには、すぐさま長期的な展望が描けたわけでもない。ありていにいえば、選抜としての活動がないメンバーたちに、代替的に与えられた活動の一環のように見えていた。

 しかし、アンダーメンバーだけのこのライブは、予想以上の好反応をもって迎えられた。頻繁にライブイベントをおこなうことがアイドルシーンのスタンダードである以上、もともとファンからライブ増加が望まれていたというグループ全体の背景も後押しになっていただろう。ごくシンプルに、歌とダンスによるライブの訴求力の強さがそこにはあらわれていた。また乃木坂46に所属しながらも活躍の場を得ることが難しかったアンダーメンバーにとっても待望の機会だった。アンダーライブは2014年4月から7月にかけて断続的に開催され、ライブの位置づけもシングルCDリリース関連の企画ではなく、独立した公演として位置づけられるようになる。乃木坂46のアンダーライブは、この年の秋から一定の公演期間を設け、主に収容人員1,000人未満のキャパシティーの劇場で、ロングラン的に定期開催されるようになる。節目におこなわれる大会場コンサートとは違うメンバー、違う規模感のこのライブは、秋元が構想した「当たり前のアイドル」の戦略から離れた乃木坂46のコンテンツとして徐々に定着していく。

選抜とアンダーの拮抗

 知名度を上げていく乃木坂46のなかで、選抜常連メンバーがマスメディアでの活躍を拡大する一方、アンダーライブの定着によってアンダーメンバーは中規模会場でのライブという「現場」に活路を見いだした。このことは、選抜メンバーとアンダーメンバー双方の活動に、ややねじれた拮抗関係を生み出す。改めていうまでもなく、歌とダンスによる楽曲パフォーマンスは、アイドルにとって基本的な活動である。繰り返すように「現場」がアイドルの主戦場としてスタンダードである今日、そのパフォーマンスはテレビなどよりもライブイベントでおこなわれるものが標準になっている。アンダーライブが生まれて以降、乃木坂46のなかでその「基本的」な経験値を積み重ねていったのは、グループの顔としてマスメディアで活動する選抜メンバーではなく、アンダーメンバーたちだった。

 メディアでの仕事の機会が少ないメンバーのほうが日々のライブ経験を積み重ねることができるというのは、たとえばAKB48などでも似た傾向をうかがうことができるのかもしれない。それでも大なり小なり、どのメンバーにも劇場公演での修練期間は用意することができるだろう。けれども乃木坂46の場合、選抜メンバーにはアンダーメンバーがおこなうようなライブ実践のチャンスそのものがない。「ホールコンサートを中心にして、ファンにはテレビ番組を通じて応援してもらう」という戦略をグループ結成以来の「当たり前」にしてきた以上、デビュー当初からグループのアイコンとして活躍してきた中心メンバーであればあるほど、アイドルにとっての基本的な活動としてのまとまったライブ経験を身につけることができないというジレンマが生じる。そして、ライブによってアイドルとしてのスタンダードなスキルを磨くことができるのは、むしろ周縁的な場にいたアンダーメンバーということになる。秋元の言葉を再び借用すれば、そこにもう一つのパラドックスが生まれる。

 この環境は「選抜」と「アンダー」との間に、個々人レベルというよりも組織同士のレベルで、性質の違いを生み出すことになる。選抜メンバー・アンダーメンバーの大部分が固定され、メディアでアイコンとして立ち回る選抜と、ライブ巧者として力をつけていくアンダーとで活動のタイプが分かれていくことで、選抜とアンダーという言葉どおりの「上と下」ではなく、乃木坂46という同じグループでありながらも、アイドルグループとしてのタイプが違う二者のような趣きを持ち始めた。

 これは単に性質的な棲み分けとしてだけ現れるわけではない。アイドルグループである以上、組織としての一大イベントに位置づけられるのは「ライブ」になるし、そこでのパフォーマンスは「アイドル」にとって最も正統的な活動だと受け取られやすい。だからこそ、ともすればアンダーメンバーの活動や積み重ねたライブ経験値のほうがストレートな評価を受けるような局面もうかがえた。それが強く現れるのは、選抜とアンダーが同時に同じステージに立つ、ホールやアリーナクラスのコンサートの場である。2014年夏の全国ツアーでもすでにアンダーメンバーの勢いは見えていたが、14年12月に有明コロシアムでおこなわれたライブでさらにそれは顕著になる。このときは、グループ全体でのライブがおこなわれる前日に、アンダーメンバーだけのライブが同会場でおこなわれる日程になっていた。14年をとおして発展してきたアンダーライブの集大成ではあるが、スケジュールの並びとしては選抜メンバー中心のライブ前日に設定された、露払い的なものでもあったはずだ。しかし、この両日のライブだけを見るならば、アンダーメンバーだけのライブは選抜主体のライブに拮抗する、ともすれば逆転するかのような可能性をうかがわせた。このライブでは、それまで周縁に置かれることも多かったアンダーメンバー全員が一曲ずつ、楽曲のセンターポジションを担当する「全員センター」という企画が催された。それは14年を通じてライブを重ねてきたアンダー各メンバーがそれぞれに、ライブの中心として立ち回れることを示す瞬間だった。そしてなにより、ライブ全体としてはこの年に誕生し経験を蓄積してきたアンダーメンバーの誇りを謳う、一つの記念碑的なものになっていた。

2015年――選抜とアンダーが溶け合う段階へ

 こうした選抜とアンダーの関係性自体、スリリングなものではある。けれども、2015年末の現在から振り返れば、このバランスは乃木坂46にとってあくまで過渡的なものだった。15年に入り、2つのチームの関係性はごく自然に、しかし急速に変わっていった。

 ここまでの流れを言い換えるならば、メディアを中心にした戦略でグループの表向きのパブリックイメージを作ってきた選抜メンバーに対して、2014年のアンダーは地道なライブの積み重ねを中心に、いわば一つのアンチテーゼとして位置づけることができるだろう。そして15年は、対抗的な関係でもあったその両者が止揚して、やがて一つのまとまりとして底上げされていくような段階に入ったのだ。それは、双方があえて歩み寄ったというよりは、メディア戦略面・ライブ面がそれぞれに発展した結果、ごく自然の流れとして生まれたように思う。

 年始に相次いで発表された、メンバーの女性ファッション雑誌への専属モデル起用が象徴するように、2015年の乃木坂46はファッションをはじめとして、様々なカルチャーを扱う媒体の顔として活動域を広げた。これまで対比させてきたメディア戦略面とライブパフォーマンス面でいえば、前者の活動の発展形である。グループ結成以来、そうした活動の多くは選抜常連メンバーによって担われてきた。しかし15年、グループの知名度と相まって、そのような個人活動に選抜・アンダーを問わず起用される機会も増え、各人が乃木坂46の名を背負ってマスメディアに進出する頻度も幅もいっそう多くなっていく。このことは、選抜である/アンダーであることよりも「乃木坂46のメンバーである」ことの意識を高めただろう。

 一方、2015年に入っても順調に開催が続くアンダーライブは、MCタイムを排したノンストップライブを試みたり、知名度の高いシングル表題曲を用いないセットリストを組んだりするなど、より挑戦的な試みを続けている。これは、ライブ巧者としてのアンダーがさらにレベルアップを目指していることを感じさせる展開だ。けれどもそれは、アンダーを「アンダー」として主張するものではあれど、選抜に対抗し続けるというよりは、その目標が乃木坂46全体のライブパフォーマンスの向上に据えられているようだ。選抜とアンダーが集まって全体でライブをおこなう、毎年恒例の「真夏の全国ツアー」にそれはうかがえる。前年の同ツアーでは、アンダーメンバーの勢いは選抜メンバーに対抗する、カウンターとしての強さが先立つものだった。しかし15年、前年よりも公演数を増した全国ツアーでは両者の拮抗よりも、アンダーの活躍に押し上げられながら、選抜メンバーも含めた乃木坂46トータルのレベルアップが印象的なものになっていた。

 軌を一にするように、2015年に入って乃木坂46のメンバーが、選抜かアンダーかにかかわらず、その二つを分けることに違和感を表明するような言明をし始めたことも、乃木坂46が新たなフェーズに入りつつあることを象徴する現象のように思える。

 アンダーライブを通してメンバーにも対抗心みたいなものは正直、最初はあったと思うんです。私たちも8th〔初のアンダーライブ開催となった8枚目シングル時:引用者注〕でアンダーライブをやった時は、「選抜に負けたくない」とか、「私たちのライブの方もいいんだ!」っていう気持ちがありました。でも去年から今年へと続けていく中で、対抗心ではなくて、みんなでやっていくんだっていう意識がみんなの中に出てきて。それが全体として見た時に、いい流れになっているんだと思います。(衛藤美彩、「『今、話したい誰かがいる』リリースインタビュー」

 選抜だから、アンダーだから、というのは2014年で終わりにしたいというか、勝手に区切りをつけちゃってるんですけど。2014年はアンダーというものの知名度を上げることを考えていたんですけど、2015年はメンバー全員、どこにいてもそれぞれのことをやれる状態が整ったという感じ。(伊藤万理華、「PF(ポーカーフェイス)Vol.2」アスペクト、2015年12月)

 冒頭の前提を再度確認すれば、乃木坂46は旧来の「当たり前」のアイドル戦略から出発したグループだった。その「当たり前」は、現在のアイドルシーンにとっては希少になっていたし、それゆえに独特の「文化系」のブランディングを形成することにも成功した。一方、その戦略から漏れ出てしまうかたちで、ライブパフォーマンスの弱さも同時に抱えていた。だからこそ、本当は今日のアイドルシーンにとって「当たり前」であるライブパフォーマンス面を担ったのは、そのブランディングの主役に座ることができなかった、あえていえば陰にいたメンバーたちだった。彼女たちによって乃木坂46内に生まれた、アイドルとしての「本分」であるライブパフォーマンスへの志向は、ある種のアンチテーゼとしての段階を経て2015年、一つ高い次元へと乃木坂46全体を導く糸口になったのだ。

あわせて読みたい

「乃木坂46」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    首相 加計申請認識の発言は賭け

    郷原信郎

  2. 2

    加計審議 安倍首相の答弁に嘘

    若狭勝

  3. 3

    予算委 前川氏に明らかな矛盾点

    和田政宗

  4. 4

    厚切りが日本人の出世術に苦言

    佐々木康彦 / ITmedia オルタナティブ・ブログ

  5. 5

    閉会中審査で更に深まる加計疑惑

    辻元清美

  6. 6

    「夫の○○が入らない」は普通

    (チェコ好き)

  7. 7

    前川氏は矛盾だらけで信憑性低い

    和田政宗

  8. 8

    加計疑惑深まる安倍総理の一言

    大串博志

  9. 9

    獣医師不足 6年前に民主党も指摘

    石水智尚

  10. 10

    「飛び降りろ」教師暴言は風評か

    中村ゆきつぐ

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDまたはYahoo!IDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。