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【読書感想】生きて帰ってきた男-ある日本兵の戦争と戦後


生きて帰ってきた男――ある日本兵の戦争と戦後 (岩波新書)

生きて帰ってきた男――ある日本兵の戦争と戦後 (岩波新書)


Kindle版もあります。

生きて帰ってきた男?ある日本兵の戦争と戦後 (岩波新書)

生きて帰ってきた男?ある日本兵の戦争と戦後 (岩波新書)

内容紹介

戦争とは,平和とは,戦後日本とは,いったい何だったのか.戦争体験は人々をどのように変えたのか.徴兵,過酷な収容所生活,経済成長と生活苦,平和運動への目覚め……とある一人のシベリア抑留者がたどった人生の軌跡が,それを浮き彫りにする.著者が自らの父・謙二の語りから描き出した,日本の20世紀.

 ああ、これは本当にすごい新書だ……

 この新書には、著者の小熊英二さんのお父さん、謙二さんの人生が、そのまま写し取られているかのようです。

「伝記」というのは、世の中に数多存在しているのですが、多くの人の目に触れ、読まれるものは、良くも悪くも「有名人」や「大きなことを成し遂げた人」について書かれたものなんですよね。

 自費出版による個人史というのも、おそらく、一生かけても読み切れないほどたくさん存在しているのでしょうが、多くの読者は、その「散漫で偏見に満ちあふれた自分語り」に耐えられない。


 この新書は、ものすごい記憶力を持ちつつも、世の中に対して、生き延びるために、ただ、働き続け、太平洋戦争から終戦後、高度成長期、バブルの時代を歩み続けた「普通のおじさん」の人生を、その息子である小熊英二さんと優秀なインタビュアーである林英一さんが、丹念に掬いあげたものです。


 謙二さん自身の記憶力の凄さが、息子であり、社会学者でもある英二さんというフィルターを通して整理されているので、すごく読みやすくなっています。

 謙二さんの「私の体験」の部分と、英二さんが補足している「当時の社会全体の状況」を比較することによって、「社会のなかで、生きてきたひとりの人間」の姿が、立体的にみえてくるのです。

 「こういう人」が、謙二さんだけではなかったのだ、ということも伝わってきます。

 この本を読んでいると、人というのは、自分が経験してきたことが「普通」であり「主流」であると考えがちだけれど、「常識」や「当たり前」は、時代によって変化していくものなのだということが、よくわかります。

 そして、そういう生々しい感情を謙二さんがちゃんと記憶しているということは、驚くべきことではあります。

 若い頃、さんざん苦労して、「もうこんな生活はイヤだ。自分の子どもにはこんなことはさせたくない」と考えていた人が、成功した老人になると「まあ、若い頃の苦労は、買ってでもしろ、だよ、ワッハッハ!」と言うのが「普通」なのだから。

 1944年、19歳で召集される前の「戦況」について、謙二さんは、こう述懐しています。

 1944年10月、台湾沖にアメリカ艦隊がおしよせ、日本の海軍航空機が総攻撃をかけた。日本側は約600機を失い、航空戦力が壊滅したが、アメリカ側は巡洋艦二隻が大破しただけだった。しかし大本営発表は空母11隻を撃沈したと発表し、ひさしぶりの大勝利の報道に提灯行列も行なわれた。

 その直後、壊滅したはずのアメリカ艦隊がフィリピン沖に現れ、レイテ沖に米軍が上陸した。日本の政府と軍は、米軍撃滅の好機として「決戦」を呼号した。しかし出動した連合艦隊は一方的な戦闘で壊滅し、増援された陸上部隊は補給を絶たれてほぼ全滅した。

 謙二の記憶によると、このとき富士通信機の職場でも、戦況が話題になった。工員たちに特配になったイモが事務課にもまわってきて、それを同僚たちと食べていたとき、東大出の35歳くらいの課長が「これは敵にはかられたのではないか」と言ったという。

「大本営の発表が虚偽だったとまでは考えないにしても、米軍の陽動作戦にひっかかったのではないか、くらいには思ったのだろう。当時の一般人でさえ、いくらなんでも不自然だと思ったということだ」

「自分が戦争を支持したという自覚もないし、反対したという自覚もない。なんとなく流されていた。大戦果が上がっているというわりには、だんだん形勢が悪くなっているので、何かおかしいとは思った。しかしそれ以上に深く考えるという習慣もなかったし、そのための材料もなかった。俺たち一般人は、みなそんなものだったと思う」

 多くの一般人は「支持したという自覚も、反対したという自覚もない」まま、あの戦争は続けられていたのです。

 国民の多くが「そんな感じ」でも、いつのまにか、赤紙一枚で戦地に送られるのが「普通」になってしまう。

 僕はこれを読んで、当時の人々が殊更に騙されやすかった、というわけではなく、「なんとなく」大きな渦に巻き込まれてしまっていたのだな、と感じました。

 そして、同じことが、これから近い将来の自分たちに起こっても、おかしくはない。

 インターネットのSNSなどで、「リテラシー」は上がっている、と思いたいけれど、情報操作をする側も、「あからさまな情報の隠蔽」とは違ったやりかたで、人々の感情を動かす技術を身につけているんですよね。

 1944年に召集され、満州に出征した謙二さんは、終戦後、シベリアに抑留されます。

 そのときのシベリアでの日常生活も詳細に語られているのです。

 そのなかで、第二次世界大戦で、戦勝国にはなったものの、大きな犠牲を払ったソ連のこんな風景が紹介されています。

「1946年の12月に、作業のため数人の捕虜仲間と一緒に、ロシア人の民家に泊まったことがある。戦争未亡人らしい女性と子ども二人だけで暮らしていたが、着のみ着のままで、何も家具がないのに驚いた。真冬なのに、土間の部屋には寝台もなく、彼らは寝るときにシューバ(外套)をはおって横になっていた。ペーチカ(暖炉)だけはあったが、あとは炊事用の鍋と食器くらいしかなかった。生きるのに最低限の生活だ。戦前戦後を通じて、日本でこんな生活を見たことがない。

 独ソ戦で1000万~2000万人もの犠牲者を出し、焦土戦術で産業も破壊されたソ連の人々は、当時の日本人からみても、生活が苦しい状態だったのです。

 ちなみに、日本の戦没者は310万人とされています。

 だからといって、シベリア抑留という行為が正当化されるわけではないけれど、あちらには、あちらの「事情」もあったのです。

 謙二さんは、なんとか日本に戻ってきたものの、特別な技能があるわけでもなく、25歳から30歳までの5年間を結核の療養のために費やします。

 結核は謙二さんの身内の命を次々と奪っていったけれど、謙二さんは治療法の進歩に間に合い、命をつなぐことができました。

 日本の戦後についての謙二さんの体験談を読むと、当時の人の死生観や仕事観と、今の時代のそれらの違いに驚かされます。

「隣人の自衛隊員やバス運転手の家族は、その後も第六都営住宅に残った。自衛隊員のお宅は子どもが三人ぐらいいて、生活は楽ではなさそうだった。バス運転手の家は、都営住宅の側溝に幼い娘さんが落ちて、死んでしまった。いまならニュースだろうが、当時はそんな事故はありふれていた。

 命が軽い、というか、「死がつねに傍にあること」を実感していた時代は、そんなに昔のことではなかった。

 子どもが突然事故で死んでも、「よくあること」だという感覚(もちろん、悲しくないわけではないのだけれど)。

 会社が傾いたり、よりマシな条件の仕事を探すために、数か月単位で転職を繰り返すのは当然。

 現在40代の僕からすると、日本人は「みな中流で、会社への帰属意識が強く、転職を繰り返すのは、社会にうまく適合できないひと」というイメージを拭い切れないのだけれど、その「会社人間たちの時代」の前には、「生きるために、自分の判断で仕事をコロコロ替えていくのが当然の時代」が日本にあったのです。

 親の面倒は、子どもたちが見ることが当たり前、という「家」への帰属意識。

 住宅事情の悪さもあり、困ったときには親戚の家に何ヵ月も厄介になる、友だちと一緒に住む、ということもよくありました。

 近場の温泉地に車で行って泊まるのが、年に1回の「リゾート」。

 高度成長が軌道に乗るにつれ、しだいに生活に余裕が出た。1961年には「レジャーブーム」が騒がれた。しかし謙二によれば、「レジャーといっても、英二が生まれた翌年に、使っていた社用車のサンバーで羽村土堤へ家族四人で花火を見にいった程度だ。その翌年は、神代の植物園で花見をした。要するに金がかからない行楽だ。その他は記憶にない」という。

 高度成長が訪れても、庶民の生活は慎ましかった。1968年(昭和43)には、「過去3ヵ月で体験したレジャー・娯楽」という調査が行われている。それによれば、1位は読書、2位は1泊以上の旅行、3位は手芸・裁縫(女性のみ高率)、4位は自宅での飲酒、5位は映画・演劇鑑賞だった(上村忠『変貌する社会』誠文堂新光社、1969年)

 僕の二世代前くらいの日本人は、こんなふうな感覚で、「己の人生」に向き合っていたのか……

 というか、「とにかくまず食べていくこと」が大事で、「自分探し」など考えたこともない、というのが、「普通」だったのです。

 著者の小熊英二さんは、この聞き取りの最後に、お父さんにひとつの質問をしています。

 シベリア抑留や結核療養所など、人生の苦しい局面で、もっともあなた(お父さん)にとって大事なことは、何だった?と。

 その答えは、ものすごく月並みで、読んでいてちょっと拍子抜けしてしまったのだけれど、だからこそ、その言葉には「重み」がありました。

 今の世の中は、謙二さんが過ごしていたどの時代よりも物質的に恵まれているはずなのだけれど、「それ」だけが足りない。あるいは、その存在を信じられない。

 気になった方は、ぜひ、この新書を手にとってみてください。

 ちょっと脱線してしまうのですが、この新書は「本来なら、饒舌に自分のことを語ろうとはしないはずの人」の重い口を、息子さんが開かせ、記録しているのです。

 読んでいて感じたのは、謙二さんは、本来「語り部気質」の人ではなさそうだ、ということでした。

 だからこそ、こういうふうに「沈黙する性質の人」の話が聞けるのは貴重なのです。

 そして、「小熊英二さんは、この新書を上梓することによって、すごい親孝行をしたんじゃないかな」と、なんだか羨ましくなりました。

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