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橋下市長、ありがとう!

橋下大阪市長が本日をもって任期満了で退任をされます。
お疲れ様でした。
そして、ありがとう。
様々な思いを込めて、心から言葉が出てくる様な気がします。

「暴走する民主主義」

この4年間は、ある種の政治の醍醐味を体感させて頂くことができた橋下市政であったと振り返ります。

昨日の味方は今日の敵。一寸先は闇。

橋下市政以前の話にまで遡りますが、自民党・公明党の推薦を受けて府知事に就任されながらも、その後直近の衆議院選挙では民主党のマニフェストを絶賛。府知事時代当初には二人三脚とも感じられる平松市長との連携は水道事業の統合問題で決裂、いつしかWTCの府庁舎移転問題も絡みながら地域政党の設立。その地域政党も、既存の国政政党を動かすテコになるかと思いきや早々に国政政党へと転換。その国政政党も分裂と結合を繰り返してきました。

また、いわゆる大阪都構想議論…大阪市廃止分割構想については、いつ何が起こるか分からないという事を多々経験することとなりました。出直し市長選挙、特別区設置協議会委員の強引な差替え、否決された特別区設置協定書の復活から住民投票への道、ラストチャンスであったはずの都構想の甦り…。

議員内閣制の国政と二元代表制の地方行政とがゴチャ混ぜになりながら、国政選挙・首長選挙・地方選挙・住民投票…示された民意をどの様に受け止めるかについても自由自在に解釈がなされてしまう現実を目の当たりにし、愕然とする時もありました。

「民主主義っていったい何なんだ!?」政治における基本とも言える定義を今一度考える機会を多くの人が持ったのではないでしょうか。一貫性のない政治哲学の中で、人々の暮らしの変化や街の変遷がもたらされることに少なからず恐怖にも似た感覚を持つこともありました。


「際立った発信力」

嘘つき!と揶揄されることが日常的になった時でさえも、橋下市長の口から発せられる言葉の発信力は絶大で、既定の事実であるかの様に報じられる事に対する違和感は最後まで払拭することができませんでした。

昨日、12月17日の本会議での最後の挨拶。「修正、妥協で一致点を見出して…」「一方的な攻撃や全否定は止めて…」「少しでも大阪が前に進むように議論していただきたい」と市議にたいして求めるフレーズがあったとのことです。この言葉を橋下市長が発信すれば、大阪市会ではこの間「修正や妥協で一致点を見出す事がなく、一方的な攻撃や全否定で、大阪が前に進む様な議論が全くなかった」と受け止めることになります。

しかし、現実は橋下市政の4年間においても、予算案などについて修正や妥協で一致点を見出してきた事実があります。全否定などしてはおらず、賛成すべき点は賛成し、前向きな議論で大阪を前へと動かしてきた実績もあります。橋下市長の実績としてあげられるものは、全て一定の議会での合意形成があったからこそ実現できたものばかりなのです。

橋下市長の絶大なるマイクパフォーマンスに太刀打ちすることなど到底できませんでしたが、我々も発信力を高めていかなければならないという意識を強く持ち、議会改革もこの4年で大きく進んだのも間接的な橋下市長の功績と言えるのかもしれません。

コトの本質や課題を分かりやすい言葉で端的に表現されることで世に放たれる状況は、漫然と受け入れている大阪の現状や市政の実状に対して改めて気づきを与えて頂く機会になったことも少なくないとふり返ります。


「西成を変えることが大阪を変える第一歩」

就任後早々に、市長としてこのような認識を公にして頂いた事に、私は感謝の意を示し続けてきました。これまでも私自身が思い続けてきたことであり、いくら私自身が発信しても区内はもとより大阪市域に広がることのなかった思いが、絶大なる発信力をもつ橋下市長の発言で一気に広がったからです。

しかしながら、西成区長との兼務発言に象徴される様に、具体的な内容になれば実効性を伴う状況で無かったこともおさえておかなければなりません。「子育て層に対しては免税を…」「西成区を官庁街に…」華々しく打ち上げられた花火は美しく開くが、見るものに印象だけを残して消え去っていく。あいりん地域の環境改善や小中一貫校の開設などが実績として評価されることがありますが、これらも関市政・平松市政の継続実施の取組みであり、評価はすれども、橋下市政以前は何も動いていなかったという誤った認識は否定しておかなければなりません。また、実は西成特区と言いながらも未だに西成区全域を対象とした特区的事業の動きが4年間の中では見えてきていない点もおさえておかなければなりません。

橋下市長をして「西成特区」と言わしめる課題・問題のあるエリアというイメージだけを残して橋下市長が去られることに対しては、少し不安と不満があります。一度の選挙で与えられた4年で実行するべきことを実行するのも政治家の責任であるならば、4年間でできなかったことがあるのであれば、自ら続けるのも政治家の責任である様にも思うのです。

住民投票の結果を受けて、(住民投票で賛成多数となれば市長選挙への立候補を表明されていたので)市長選への立候補はもとより政治家を辞される表明をされたことは潔いように感じます。ただ、スクラップ&ビルドと言われる様に、本来は創造を念頭に破壊があるべきであり、破壊しつくした大阪市政において、廃止分割される予定であった大阪市を創造していくことは至難の業なのではないでしょうか。

「橋下バブル」

首長であり、政党の代表である橋下氏のけん引力で多くの議員が誕生しました。橋下ベイビーズと週刊誌などで表現されることもありましたが、僅かな選挙準備期間で多くの市民代表者を生み出した力は、他の誰かでマネができるのかと考えれば想像がつきません。

一方で、冷静に振り返れば私・柳本顕も橋下バブルに乗った一人だと思います。それが良かったのか悪かったのかは分かりませんが、橋下知事の登場と都構想議論のスタートによって「JC公開討論会」に自民党府連青年局長として出ることを志願し、市長就任後の「朝まで生テレビ」にも何事も経験と出演することを決意しました。

その後は、自民党大阪市会議員団の幹事長や条例協議会・法定協議会の委員を務めさせて頂く中で、自ずと市長と会議・議会で討論する機会が増えてきました。結果として、住民投票の際には、大阪市廃止分割による特別区設置に反対する立場からマスコミ報道の前面に出ることとなり、最終的には橋下市長の後継者と対峙する大阪市長選挙に出馬するに至りました。住民投票では反対多数で、結果として橋下氏が市長を辞することとなり、市長選挙では私は惨敗し、大阪市政から退出することとなりました。

橋下バブルは、本日をもって泡と消えてなくなります。バブルの中で議員となった方々も、バブルの中で市政から身を引くことになった私自身も、本当の意味でこれからが自分自身の力試しなのだと感じています。

橋下市長さえいなければ経験することのなかった他会派との深い対話がありました。他会派との強固な連携や協調もありました。また、府議会との調整も今までにない頻度で実践される様になりました。新たに生まれた良き慣習は、バブル後も継続させるべきだと思います。

本日で、橋下市長の人気満了なのかもしれません。

熱にうなされた様な動乱の市政から、落ち着いた対話のできる市政が期待されます。それは、橋下市長も退任の挨拶の中で述べられた趣旨とも通ずるものなんだと思います。

今後、大阪市の更なる発展や大阪市政の充実があるとすれば、それは橋下市政の一つの功績でもあると思うのです。その時の分まで、今日この日に感謝御礼を述べておきたいと思います。

大阪は、多くの事を学びました。

類似する世界的な大衆煽動政治の状況なども見るにつけて、大阪ではいち早く学ばせて頂いたのかもしれません。

橋下市長、ありがとうございました。

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