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「007」の生みの親「イアン・フレミング」の数奇な人生:竹田いさみ | 80時間世界一周 |

英国スパイ・アクション映画『007スペクター』が12月4日から全国で一斉に上映されている。英国秘密情報部MI6のエージェントとしてジェームズ・ボンドが登場し、国際犯罪組織スペクター(SPECTRE)を相手に縦横無尽の活躍を展開する。主役のダニエル・クレイグにとって、シリーズ4作目となる。すっかりジェームズ・ボンド役が板についてきたが、今回の作品を最後に、ボンド役を引退するという。

 007映画シリーズの第1作は、1962年公開の『ドクター・ノオ』(日本では翌63年に『007は殺しの番号』として公開)で、映画シリーズでスペクターが初めて登場した作品でもある。スペクターは英語で「幽霊」、「お化け」、「恐ろしいもの」を意味するが、映画ではSPE(特殊執行機関=Special Executive)、C(敵スパイへの防諜工作=Counter-Intelligence)、T(テロ=Terrorism)、R(復讐=Revenge)、E(強奪=Extortion)の頭文字を合成した架空の国際犯罪組織として描かれている。防諜工作、テロ、復讐、強奪を手掛ける専門の特殊執行機関という意味だ。『ドクター・ノオ』以来、007シリーズは今回の『スペクター』で24作目となり、シリーズ映画として時代を超えて世界中のファンを魅了し続けてきた。

名門校を次々に中退

 ジェームズ・ボンドの名付け親となった原作者は、英国人作家のイアン・フレミング。第2次世界大戦では英海軍省情報部に勤務したこともあって、ジェームズ・ボンドの作品イメージと重ねて語られることも多い。しかしながら、その人物像については断片的にしか取り上げられていない。フレミングの人生とはどのようなものであったのだろうか。

 まずは映画に登場するジェームズ・ボンドの出身大学をオックスフォード大学と思っている読者もいると想像するが、日本を舞台に俳優の丹波哲郎や浜美枝が演じた『007は二度死ぬ』(1967年公開)では、「ケンブリッジ大学で日本語を学んだ」という台詞が登場しており、出身大学はオックスフォードではない。一方、イアン・フレミング自身は大学を卒業しておらず、中退している。フレミングが在学したのは、貴族階級や富裕層が通う名門のサンドハースト王立陸軍士官学校で、ここを中退した後にスイス、ドイツ、オーストリアで、ドイツ語とフランス語を学んでいる。

 陸軍士官学校に限らず、フレミングは高校も同様に中退している。フレミングが通ったのは、エリザベス女王が居を構えるウィンザー城に隣接する名門のイートン校(男子全寮制の中高一貫校)で、スポーツに汗を流し、自動車を乗り回し、ガールフレンドと充実した時を過ごしたものの、勉学はさっぱりで、とうとう退学せざるを得なかった。校長はフレミングに不良のレッテルを貼った。学歴でみると、小卒よくて中卒ということになる。フレミングはほとんど放蕩息子と言ってもいいような青春時代を過ごしていた。ジェームズ・ボンドのキャラクターに見られる快楽主義は、フレミングの人生観が反映されていると言われる所以である。

 学校へ通ったという点でみれば、イートン校とサンドハーストは超名門であり、上流階級への登竜門として申し分ない。外務省への就職を希望したが、高等教育機関を卒業していないことから不合格となり、フレミングを寵愛する母親と共に次の一手を考える。第1次大戦で亡くなった父親が国会議員であったことから、フレミング家は政財界、英軍、マスコミと幅広い人脈があり、そこで思いついたのがコネでロイター通信へ就職することであった。

「ゴールデンアイ」作戦

 高等教育機関の卒業資格がないにもかかわらず、フレミングはロイター通信へ就職し、ドイツ語やフランス語を駆使して欧州・ロシアを担当した。なぜ欧州言語に堪能かといえば、遊学先の欧州諸国でガールフレンドを通じてマスターしたからだというのが、フレミング研究者の間では定説となっている。

 第2次世界大戦がはじまると、ロンドンにある海軍省情報部で情報収集と分析に従事したが、ここもコネで裏口から就職している。ファミリーが海軍提督ゴッドフレイと懇意にしていたことで、フレミングは同提督とランチを一緒にする機会があり、そこで海軍提督の私設秘書という肩書をもぎ取って、海軍省情報部へ勤務することになった。軍人として採用されたのではなく、あくまで私設の秘書である。

 英国の中枢部に就職できたのは、ひとえにフレミング家のネットワークのおかげであった。富裕層に属し、上流階級との人脈が豊富で、フレミングの就職には母親が深く関与していたと言われている。放蕩息子を何とかして欲しいとの懇願を、懐の深いロンドンの社交界が受け止めたということだ。

 戦中にモスクワ、カイロ、そしてジャマイカ島を含む世界各地を訪問することになり、この時の経験がベースとなって小説の舞台設定に役立つ。情報部勤務の際、フランコ政権下のスペインを監視し、枢軸国との同盟を阻止する「ゴールデンアイ」作戦に参画。戦後、フレミングはジャマイカ島に購入した別荘を「ゴールデンアイ」と命名した。

ジャマイカでの執筆生活

 さらに終戦後には、週刊紙『サンデー・タイムズ』を所有していたケムスレイ新聞グループに勤務して、世界中に派遣されている約80名の特派員のまとめ役として活躍した。国際欄担当部長といったポジションである。同社に就職するに際しての雇用契約には、毎年2カ月の連続休暇が盛り込まれており、この休暇を利用してフレミングは、底冷えのするロンドンを離れ、毎年1月から2月にかけてカリブ海のジャマイカ島で、優雅な別荘地ライフをエンジョイした。破格の雇用契約は、社主ケムスレイ卿の計らいがあってのことだ。

 海軍省情報部時代に、フレミングはメディア担当の連絡係となり、ケムスレイと親しくなったという背景がある。豊富なファミリー人脈で培ったフレミングの人的ネットワーク・パワーは一目置かれ、同社主の眼鏡にかなった人材として、終戦直後に同社へリクルートされた。人生を転々として生きてきたフレミングではあったが、同社には14年間も勤務し、その後、フリーランスの小説家として独立した。

 映画『ドクター・ノオ』に登場する海岸は、フレミングの別荘に隣接する海岸で、現地では007ビーチとして知られている。前述の別荘「ゴールデンアイ」を拠点に、フレミングは毎年1冊のペースで、007シリーズの小説を書き上げていった。午前中に執筆して、午後は筆を休め、徹底的にリゾート・ライフを満喫した。近隣の丘には劇作家ノエル・カワードが別荘を構え、英国の政界、財界、芸能界の著名人が出入りし、フレミングも仲間入りして社交界とのネットワークを広げていった。

チェルシーの自宅とMI6

 ジャマイカの別荘は有名でも、ロンドンの自宅は意外と知られていない。フレミングが終の棲家に選んだ「カーライル・マンション」は、ロンドン市内の高級住宅街チェルシー(メイフェアなどと同じように地区の名称)の南端にあり、テムズ川に面して建てられている。チェルシーにはカフェ、レストラン、パブ、高級食材店が軒を連ねており、哲学者バートランド・ラッセル、詩人オスカー・ワイルド、画家ジョセフ・ターナーなど、英国を代表する文化人も多数住んでいたことから、文化人の街としてつとに有名だ。

 カーライル・マンションは、ノーベル文学賞を受賞した詩人・劇作家T・S・エリオット、作家サマセット・モーム、作家ヘンリー・ジェームズも住んだことのある由緒あるマンションで、近所には19世紀の歴史家トマス・カーライルの邸宅が文化財として保存されている。マンションの名前は、カーライル邸に由来している。

 マンションの正面玄関から左手をのぞくと、アルバート・ブリッジが見え、対岸にはバターシー・パークの緑が広がる。下流方向へテムズ川の左岸を歩くとチェルシー・ブリッジが、さらに歩き続けると前方には、あのボクソール・ブリッジが目に飛び込んでくる。「あの」というのには訳がある。このブリッジに隣接して右岸に、ジェームズ・ボンドが大活躍する対外秘密諜報機関MI6(政府での正式名称はSIS)のホンモノの建物があるからだ。左岸前方には、国内の治安を専門とする情報機関MI5が控える。まさに情報機関のおひざ元に、自宅のマンションが建っていることになる。

 劇中のジェームズ・ボンドはと言えば、チェルシーの目抜き通りキングズ・ロードから脇道に入ったアパートに住んでいたという設定になっている。フレミングはボンドの生活環境を、自分のそれに重ね合わせていることがわかる。

チキ・チキ・バン・バン

 イアン・フレミングは独身主義であったが、40代半ばで結婚して息子キャスパーをもうけている。独身主義なのに、なぜ結婚したのかと言えば、ガールフレンドが身ごもってしまったからで、その責任をとったということだ。生まれてみると息子を溺愛する父へと変身し、その息子におとぎ話を聞かせてやるために書き下ろしたのが、ミュージカル映画にもなった『チキ・チキ・バン・バン』であった。

 美食家で、お酒とタバコをこよなく愛したフレミングは、1964年8月に心臓発作を患い、56歳の若さでこの世を去った。死して半世紀だが、フレミングが残した小説、短編、エッセーにヒントを見つけて、007シリーズの映画は絶え間なく創作されている。『スペクター』もその1つなのである。


イアン・フレミングが住んでいたカーライル・マンション(筆者撮影)

執筆者プロフィール
竹田いさみ 竹田いさみ
獨協大学外国語学部教授。1952年生れ。上智大学大学院国際関係論専攻修了。シドニー大学・ロンドン大学留学。Ph.D.(国際政治史)取得。著書に『移民・難民・援助の政治学』(勁草書房、アジア・太平洋賞受賞)、『物語 オーストラリアの歴史』(中公新書)、『国際テロネットワーク』(講談社現代新書)など。近著に『世界史をつくった海賊』(ちくま書房)。

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