記事

情報保護への信頼にかかるマイナンバー制度

1/2

(1)情報は正しく活用してこそ有益

 本年もボランティア活動で公的施設でのハローウィーンの集いに関与したが、残念ながら当初から筆者が強く提案してきた本来の目的への回帰や粛清開催案は無視され、ただ子供たちの仮装パーティーのようなものになってしまったこと、付き添いの親たちまでがハローウィーンの謂れや意義も知らずに、子供以上に派手な仮装ではしゃぎまくり、善行の手本も示さないでただ甘やかし、お土産を受け取っても「有難うとお礼を言いなさい」としつけることもしないことなどが年々高まってきたことには呆れ果て、来年以降もこのような状態が改められないなら開催への関与断念も考えねばと思っている次第である。

 しかもマスコミまでもが商業ベースに煽られ、こういった風潮に警告を発することなく、その盛況振りを興味本位に報道し、若者の街渋谷や六本木に止まらず、これが全国的に波及し、大人たちの化け物の仮装をした馬鹿騒ぎとなってしまったことは誠に遺憾であった。(まだごく一部だが、過去の反省から、進んで落花狼藉のゴミの後片付けするグループが現れるようになってきた点は結構なことである)

 付言しておくが、元来のHalloween(万聖節)は、発祥地であるスコットランドやアイルランドでは「Guy Fawkes Night」とか「All Saints’Day」と称され、聖人の功績を讃える厳粛な宗教的行事の前夜祭として11月5日に行われていたのだが、この風習がアメリカにも伝播して収穫祭と混合され、10月末日に、収穫した大きなカボチャにユーモアでお化けの顔などを彫り抜き、門口に飾り、子供たちが聖人に見習って各戸を巡回し、「Trick or Treat …(厚遇し協力をしてくれないと悪戯をするぞ)」と冗談を言って募金活動をし、そのお駄賃としてお菓子などを戴くといった、幼い頃から社会奉仕活動やジョークの大切さを教える社会行事となったものだが、日本ではその本来の主旨が全く理解されずに商業的に利用され、単なるお化けの格好をした仮装行列や子供のお祭りパーティー、さらには大人も交えお菓子のお土産を貰う馬鹿騒ぎの日というような似て非なるものとなってしまった。

 前置きが長くなったが、このように昨今のわが国では、幕末の渡欧米使節団のように、先進諸国の良い制度や社会風習などを正しく見習い導入すると同時に、伝統的自国の良い点も温存し、巧みにアレンジして普及させるといったことなく、表層的現象だけを見習い、商業的販促手段として利用し、誤った悪い取り入れ方をし、その方が定着する「悪貨は良貨を駆遂する」といった傾向が強くなってしまった。

 国家や企業などといった組織は、それを主導するトップの理念や姿勢を恐ろしいほど反映する鏡であり、その器量以上には決して成長発展しないといわれるが、こういった好ましくない現象もすべては、戦後のアメリカの似非、亜流と追従、大企業・資産家優遇、社会的弱者の煽て殺し、問題の本質的是非の論理的検討・論議でなく、些細な言葉尻を捉え大きく騒ぎ立てる過剰反応・反撃、最近巷で流行言葉となっている正しくない日本語の「私の中では…」とか、粛々が実際はひそひそ内密に謀りごとを進めること、認知することは大切で正常で病気ではなく、認知できなくなることが異常な病的問題であるのに「認知症」ということ、自己の確たる主張を曖昧にぼやかす表現方法などという悪習の横行も、「民は由らしむべし、知らしめるべからず」という名言を曲解したタイプの、国民の模範たるべき最高権威為政者たちの好ましくない姿勢の悪影響を受けた結果といえよう。

 彼らは、「民は由らしむべし…」といった名言の意味を、「民衆には余分なことを知らせる必要はなく、ただ従わせ票田として利用すればよい」と受け止めているようであり、だから国会審議でも、のらりくらりと抽象的な美辞麗句の自画自賛的なまやかしの説明に終止し、庶民にまでわかりやすく真実を伝えようとせず、十分に審議を尽くし、国民の声にも耳を傾けましたといった形をつけるセレモニーのような出来芝居を演じ、会期末になれば一気に数の論理で強引に多くの法案を可決するといった手法は、党利党略の駆け引きや国会運営の悪知恵、政権の人気取りと維持策には長けているが姑息であり、決して好ましい政治姿勢とは言い難いものである。

 この名言の正しい真意解釈は、「大部分の民衆は、難しい理論で説明し納得させようとしても無理なので、それよりも平易な言葉で簡明に要点を正確に説明し、自らの平素からの言行一致、率先垂範の正しさで、「あの人の言うことだから、信じてついて行けば間違いなく幸福にしてくれる」といった信頼を勝ち取ることの方が有効で肝要だ」と理解するのが正しい。

(2)混迷する拙速導入されたマイナンバー制度

 こういった典型的な例が、今次国会の安倍内閣での安保関連諸法案やマイナンバー制度の導入などにおいても多々見受けられた。

 わが国は議会制民主主義、自由主義の国であり、その理念の具現化のために必要な諸種の法規に基づき運営される法治国家である。その主要な法は、「①憲法、②民法、③商法、④民事訴訟法、⑤刑法、⑥刑事訴訟法の6法で、これで国民としての遵法の義務と権利が定められ、現代の時流への対応としては資本主義体制が好ましいとされ、それ則って運営されている。

 この6法の中で②~⑥の5法は、国が、国民にその尊重と遵守を要請するものであるが、最重要な基本法である①憲法だけは、逆に国民が、国とその行政の行動を規制、監視し、その厳格な尊重と遵守を要請するものであるが、この主体である国や為政者には、憲法に反したり逸脱した判断や行為があっても、裁判所から違法の指摘、忠告、改正要請を受けるだけであり、公僕としての良識での自己修正を信じることや選挙での審判を仰ぐということで、罰せられることはない。

 従って国民や国家の将来に重大な影響を及ぼすような重要な決定事項に関しては、国民に十分説明し理解と納得を得ること、国民の審判を仰ぐことが重要であり、それを曖昧にしたり、勝手な拡大解釈だけで済まそうとするような姿勢は、公明正大で妥当な行為とはいえず、決して看過、容認し得るものではなかろう。

 このような観点からすれば、今月からスタートするマイナンバー制度の導入については、政府や行政側はもちろんのことだが、国民側にも、どちらもどちらといった感がある。

 国民側の姿勢としては、国民健康保険にしろ年金手帳にしろ母子手帳にしろ、国民としての存在や生存する実態を明確に立証して届出る義務を果たし承認を得てこそ、国民としての存在と地位が確立し、安心・安全が保証され保護される権利も生じる。

 そのために政府としてもその確認と不正を排除し公正・公平を期するために、定期的に国勢調査や事業所経済調査などといった悉皆調査を莫大な費用をかけて実施している。

 にもかかわらず、その調査に対して、プライバシーの護持に無影響な姓名だけの表札や看板の表示もせず、国政の基礎的な調査であったも、自分には関係ない、政府は庶民生活の実態を理解しようとしないと非難し、非協力的に拒否し、国家や地域社会の恩恵を受けながら、その運営経費の分担金、社会共同生活の会費ともいえる納税や勤労、学習の義務には無関心で果たさず、脱税や不正受給さえもするといった姿勢で、それでいて公的な保証・保障や保護の権利だけは強力に主張するといった身勝手さは許さないであろう。

あわせて読みたい

「マイナンバー」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    日本人がアメフト問題に腹立つ訳

    永江一石

  2. 2

    眞子さま見せた紀子さま拒絶の姿

    NEWSポストセブン

  3. 3

    森友交渉記録に昭恵氏関与の形跡

    森ゆうこ

  4. 4

    空気読めない時代遅れの日大広報

    渡邉裕二

  5. 5

    日大に致命傷与えた稚拙な広報

    早川忠孝

  6. 6

    6月の米朝首脳会談中止を発表

    ロイター

  7. 7

    橋下氏「弁護士会も日大も同じ」

    橋下徹

  8. 8

    堀江氏 中高教育の9割は意味ない

    サイボウズ式

  9. 9

    日大は雪印逆ギレ会見の二の舞か

    おときた駿(東京都議会議員/北区選出)

  10. 10

    MJのありえない動きを医者が解説

    BBCニュース

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。