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クルーグマンが「日本再考」で言っている3つのこと

クルーグマン教授が、先月、NYタイムズに寄稿したエッセイ(小論文)の内容が関心を集めています。

 だって、そうでしょう? この人はもう17年ほど前から、日本に対して物価目標政策の採用を強く迫ってきた訳ですが、その人物が自説を改めたなんて報じれられているからです。

 クルーグマン教授の意見を信奉していたようにも見える安倍総理や黒田総裁はどのように思っているのでしょう?

 皆さんも、興味があるでしょ?

 しかし、日本の新聞は、そのようなことについては報じない。

 いずれにしても、クルーグマン教授はどんなことを言っているのか? 本当に自説を改めたのか?

 そこで、本日は、クルーグマン教授が言っている3つの重要なことについてご紹介したいと思います。


<クルーグマン教授が言いたいこと>

 (1)日本の量的緩和策(インフレ目標政策)には効果がない。

 (2)日本は、労働力人口1人当たりのGDPの伸び率でみれば、良好なパフォーマンスを示している。

 (3)インフレ目標値はもっと高くすべきあり、それを実現するために思い切った財政出動が必要。


 面白いでしょ?

 日本がやっているインフレ目標政策には効果がないと断言しつつ、そもそも日本の経済パフォーマンスは決して悪くはなかったと言うからです。

 では、何が何でもデフレから脱却すべきだとか、デフレから脱却できないのは日銀の政策のせいだ、なんて言っていたのは、一体なんだったのかと言いたい。

 それに、日本の金融政策には効果がないと言いつつ、そして、日本の経済パフォーマンスは悪くはないと言いつつ、2%の物価目標値では低すぎるからそれを引き上げるべきだなんて言うので、益々訳が分からなくなるのです。

 で、最後の結論として、思い切った財政出動、換言すれば放漫財政を続ければインフレになる、だなんて。

 直感的に、怪しいとお感じになるでしょう?

 でも、折角ですから、もう少しクルーグマン教授の言い分を聞いてみましょう。


■日本の量的緩和策(インフレ目標政策)には効果がない理由

Back in 1998, when I tried to think through the logic of the liquidity trap, I used a strategic simplification: I envisaged an economy in which the current level of the Wicksellian natural rate of interest was negative, but that rate would return to a normal, positive level at some future date. This assumption provided a neat way to deal with the intuition that increasing the money supply must eventually raise prices by the same proportional amount; it was easy to show that this proposition applied only if the money increase was perceived as permanent, so that the liquidity trap became an expectations problem.

「1998年当時、私は、流動性の罠の理論を考え抜こうとしたとき、簡単化の手法を使用した。私は、ヴィクセルの自然利子率の実際に水準がマイナスである経済を想定した。しかし、その水準はいずれ正常化し、将来はプラスに戻るのである。この想定は、マネーサプライを増やすと、それに比例して最終的には物価を上げるに違いないとする直感を試すのに便利な道具を提供した。この前提条件は、マネーの増加が永久に続くと受け止められたときにのみ適用可能であって、従って、流動性の罠は、期待(予想)の問題に変化した」

The approach also suggested that monetary policy would be effective if it had the right kind of credibility – that if the central bank could “credibly promise to be irresponsible,” it could gain traction even in a liquidity trap.

「このアプローチはまた、金融政策にある種の信用が伴う場合にのみ効果的であることを示している。つまり、中央銀行が自分の言うことは無責任であると信用させることができるとき、流動性の罠にあっても効果を発揮することができる、と」

 But what is this future period of Wicksellian normality of which we speak? Japan has awesomely unfavorable demographics:

「しかし、我々が話をしているヴィクセルの正常化までにはどれくらいの期間が必要なのか。日本の人口動態は、全く望ましくない状況にある」

Which makes it a prime candidate for secular stagnation. And bear in mind that rates have been very low for two decades, fiscal deficits have been high that whole period, and at no point has there been a hint of overheating. Japan looks like a country in which a negative Wicksellian rate is a more or less permanent condition.

「それが特異なスタグネーションを引き起こしている原因でもある。20年間にも亘りインフレ率が非常に低いということ、また、同じ期間において高水準の財政赤字が続いていたこと、そして、未だにまだインフレの兆候がないことに留意して欲しい。日本は、ヴィクセルの自然利子率のマイナスの状態が永遠に続く国に見える」

If that’s the reality, even a credible promise to be irresponsible might do nothing: if nobody believes that inflation will rise, it won’t.

「もし、それが事実であれば、日銀は無責任であることを信じさせようとしても効果はない。もし、誰もインフレ率が上がると信じなければ、そうはならない」


 難解な用語が出てくるので分かりにくいですが…

 自然利子率とは何を意味するのでしょうか?

 答えは、その利子率(金利)であれば、それ以上物価が上がることも下がることもない水準の利子率を意味します。

 つまり、中央銀行が、自然利子率を超えて金利を下げれば、経済活動が刺激され物価が上がり、反対に自然利子率を超えて金利を上げれば、経済活動が抑制され物価が下る、と。

 従って、金利水準は最終的には自然利子率に近づくと考えられるのです。

 で、クルーグマン教授によれば、日本の場合にはその自然利子率が0%を下回りマイナス状態にあるように見えると。

 では、何故日本の場合、自然利子率がマイナスになっているかと言えば、少子高齢化が進んで人口が減っているからだと言う訳ですが、クルーグマン教授は、人口減少が今後も続けば人々はインフレが起きることを信じることはなく、そして、人々が信じなければインフレは起きないと言うのです。


■日本の経済パフォーマンスが悪くなかったという理由

Back in 1998 Japan was in the midst of its lost decade: while it hadn’t suffered a severe slump, it had stagnated long enough that there was good reason to believe that it was operating far below potential output.

「1998年当時、日本は失われた10年の真っただ中にいた。厳しいスランプのなかにあった訳ではないが、不況が長く続いていたために、潜在成長率を下回る成長率が続いていると信じる十分な理由があった」

This is, however, no longer the case. Japan has grown slowly for the past quarter century, but a lot of that is demography. Output per working-age adult has grown faster than in the United States since around 2000, and at this point the 25-year growth rates look similar (and Japan has done better than Europe):

「しかし、もはやそうではない。日本は、過去25年の間に緩やかな成長を遂げてきた。しかし、その原因は人口動態にあった。労働力人口1人当たりのGDPは、2000年以降米国よりも伸びている。そして、現時点では、過去25年間の成長率は同じ程度に見える(そして、欧州よりも日本の方が優れている)。

You can even make a pretty good case that Japan is closer to potential output than we are.

「日本は、我々米国よりも潜在成長率に近い成長を遂げていると主張することさえ可能であろう」


 如何でしょう?

 クルーグマン教授は、日本の経済パフォーマンスは労働力人口1人当たりでみれば、決して悪くはないと言っているのです。潜在成長率に近い成長率を続けているとも。

 デフレ脱却が先決だ、と大騒ぎしていた前提が、ここでガラガラと音を立てて崩れます。日本はデフレだと散々言ってきたのに、今になって良好なパフォーマンスを日本は示している、と。

 でも、だとしたら、そもそもインフレターゲットを採用する必要もなかったではないですか!

 それについてクルーグマン教授は次のように言うのです。


■物価目標政策が必要な理由

So if Japan isn’t deeply depressed at this point, why is low inflation/deflation a problem?

「従って、もし今日本が本当に不況に陥っているのでないのならば、インフレ率が低かろうと、つまりデフレであろうと、それが何故問題になるのか?」

The answer, I would suggest, is largely fiscal. Japan’s relatively healthy output and employment levels depend on continuing fiscal support. Japan is still, after all these years, running large budget deficits, which in a slow-growth economy means an ever-rising debt/GDP ratio:

「答えは、財政問題にありと、私は言うであろう。日本の比較的健全なGDPと雇用水準は財政の支援のお蔭である。しかし、日本はそれでも多額の債務を抱え、低成長下の経済では対GDP債務比率は上がるばかりである」

So far this hasn’t caused any problems, and Japan has clearly been much better off than it would have been if it tried to balance its budget. But even those of us who believe that the risks of deficits have been wildly exaggerated would like to see the debt ratio stabilized and brought down at some point.

「財政問題は、これまでのところ深刻な問題を引き起こしていないし、また、日本は、もし財政を均衡させた場合に想定される状態よりも明らかに裕福な状態を保ってきている。しかし、財政赤字のリスクが余りにも誇張され過ぎていると考える我々でさえも、対GDP債務比率を安定化させ、一定のレベルまで引き下げることが必要だと思う」
 
 あれー、と思ってしまいます。

 何故インフレターゲットが必要なのか、つまり、何故インフレにする必要があるかについて、もはや目的がガラッと変わってしまうのです。インフレにするのは決して景気を良くするためでもなければ、賃金を上げるためでもなく、財政再建を軌道に乗せるために必要であるのだ、と。

 では、何故インフレになれば、財政再建が軌道に乗るかと言えば、インフレになれば借金の実質的な負担が軽くなるからだ、と。

 でも、そうなると金利が高騰し、さらに財政が悪化する恐れが十分あるのですが…それについては、クルーグマン教授は何も言いません。

 いずれにしても、ではどうやったらインフレにすることができるのか?

■インフレを実現する方法

The only way to be at all sure of raising inflation is to accompany a changed monetary regime with a burst of fiscal stimulus.
 
「インフレが起きることを確信させる方法があるとすれば、それは唯一、突然財政刺激策を打つことだ」

Suppose, bad instincts aside, that we really can go down this road. How high should Japan set its inflation target? The answer is, high enough so that when it does engage in fiscal consolidation it can cut real interest rates far enough to maintain full utilization of capacity. And it’s really, really hard to believe that 2 percent inflation would be high enough.

「本心は別にして、とにかくこの方法を進めることができると仮定して欲しい。日本は、どれくらいのインフレ率を目標値として掲げるべきであろうか。答えは、十分に高いものでなければならない。どのくらいの高さかと言えば、緊縮財政の中で資源の100%活用を可能にするほど実質金利を引き下げることができるほどのインフレ率であるということだ。2%で高いということなど信じられない筈だ」

This observation suggests that even in the best case Japan may face a version of the timidity trap. Suppose it convinces the public that it will really achieve 2 percent inflation; then it engages in fiscal consolidation, the economy slumps, and inflation falls well below 2 percent. At that point the whole project unravels – and the damage to credibility makes it much harder to try again.

「以上から、最も幸運なケースにおいてさえ、日本は、臆病の罠に直面するかもしれない。人々にインフレ率2%の達成が可能であると信じさせると仮定して欲しい。財政緊縮策のなかでそのように信じさせることができても、景気は落ち込み、インフレ率は2%を下回ってしまうであろう。その時点で計画は失敗だ。そうなると益々困難になる」

What Japan needs (and the rest of us may well be following the same path) is really aggressive policy, using fiscal and monetary policy to boost inflation, and setting the target high enough that it’s sustainable. It needs to hit escape velocity. And while Abenomics has been a favorable surprise, it’s far from clear that it’s aggressive enough to get there.

「日本が必要とするのは(そして、我々も同じ道を歩むかもしれないが)積極的な政策なのだ。インフレ率を高めるために財政政策と金融政策を利用し、持続可能な十分に高い目標値にする必要がある。脱出速度に達する必要がある。アベノミクスは良い意味で驚きであったが、目標を達成するのに十分な位積極的であったかどうかは明らかではない」

 
 如何でしょうか?

 この人がよくノーベル経済学賞をもらったものです。

 言いたいことは沢山あります。

 日本政府が財政出動を繰り返した結果、対GDP債務比率はとてつもなく大きくなってしまったが、それでも財政出動のお蔭で日本は裕福になったと言っています。

 しかし、国の借金が膨張したために増税が必要になる訳で…そして、増税のために家計の購買力が奪われ景気が悪くなっていることは自明のことではないですか!

 全くおかしい。

 それに、本来、景気を良くする筈のインフレターゲットであったものが、いつの間にか財政再建のためのインフレターゲットだと主張するのも、全く理解しがたい!

 景気が良くならないと税収は増えないという主張も一理あるかとは思いますが…でも、インフレになると財政状況が改善する確証はないのです。仮に税収が増えても、インフレになればさらに政府の歳出は膨らんでしまうからです。それに、インフレになれば必ず金利が上がり、そして国債が暴落することになるので、財政破綻の可能性は益々高まるのです。

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