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喰うか、喰われるか。ネット業界の熾烈な内幕――『FAILING FAST マリッサ・メイヤーとヤフーの闘争』解説 - 佐々木俊尚 / 作家・ジャーナリスト

かつてヤフーはインターネット革命の旗手だった。しかし近年、グーグルやフェイスブックといった新興勢力に押され苦戦を強いられている。そこへ救世主として現れたのが、当時37歳のマリッサ・メイヤーだった。Googleニュース、Googleマップ等の構築に携わり、若くしてグーグル副社長に昇進した妻女の突然のヤフーCEO就任に、期待が高まった。しかし就任3年目の現在、業績の後退を止められず、失望が広がり始めている。なぜ彼女は力を発揮できないのか? 『FAILING FAST マリッサ・メイヤーとヤフーの闘争』から佐々木俊尚氏による解説を転載する。

ネット企業の興亡は、人々がどのようなインターネットの経路を使い、目的とする情報やサービスを手に入れているのかという、その「経路」の選択に大きく左右される。

ヤフーという企業は、「経路」をもっとも早い段階で押さえたことによって1990年代、覇者となった。

ネットが社会に普及し始めたのは、インターネット接続機能が標準搭載されたWindows95が発売された1995年のことである。この前後の草創期に、目的のウェブページに到達するために使われたのはURLだった。ウェブブラウザのアドレス欄にキーボードからじかにURLを打ち込んで、ページを表示していたのだ。さらに一歩進んだ使いかたとして、ページをブラウザの「お気に入り」に登録しておくという方法もあった。

この原始的なやり方を、ヤフーが変えた。当時スタンフォード大学院生だったジェリー・ヤンとデビッド・ファイロは、自分たちが使うためにウェブページのリンク集を作り、それをネット上で公開していた。これが評判になり、多くの人たちがネット上の住所録(ディレクトリ)のようにして彼らのリンク集を使うようになる。そうして彼らは1995年3月に、ヤフーを設立したのだった。

ディレクトリは、ツリー構造でつくられていた。トップページには「エンターテイメント」「趣味とスポーツ」「メディアとニュース」などのカテゴリがあり、「エンターテイメント」の下はさらに「映画」や「音楽」に分けられている。こういうメニューをたどるような構造は、とてもわかりやすかった。

トップページにはさらに、天気予報や株価、星占い、検索といった付録のサービスも並べられるようになった。単なるリンク集だったのが、「ここからたどればさまざまな情報が得られる」というインターネット上の玄関(ポータル)へと進化していく。そうしてヤフーはさらに多くの人に利用されるようになり、急成長して、翌96年にはナスダックで株式公開した。

しかし、ヤフーがインターネットの進化に手を貸したのはここまでである。以降のさまざまな変化や進化に、ヤフーは実のところほとんど貢献していない。ヤフーのウェブサイトは使いやすいポータルサイトとして多くのユーザーを惹きつけ続けた。しかしポータルサイトを超えるものをヤフーは生み出せなかった。

それはなぜなのか。

本書では、その謎があますところなく解明されている。

さて、少し寄り道して「ヤフー以後」のネットの進化史をもう少し追いかけてみよう。

1998年には同じスタンフォードの学生だったセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジによって検索エンジン企業グーグルが設立される。検索なんてポータルのおまけサービスぐらいにしか当初は思われていなかったが、実はネットの「経路」を変える重要な技術基盤だった。

2000年代に入ると、人々は目的のウェブページにたどり着くためにポータルサイトではなく、検索エンジンを使うようになる。つまりいちいちヤフーの重いページを開いて階層構造のディレクトリをたどるより、シンプルで軽いグーグルのページから目的のサイトの名前を入力して検索した方が手っ取り早いということに気づいたのだ。この背景には、グーグルの開発した検索エンジンが、従来のものとは比較にならないほど高性能だったことがある。

この傾向は2000年代を通じて上昇し続け、たとえば2005年に調査会社ネットレイティングスが日本で実施した意識調査では、ネットで商品やサービスを購入する際、人々が検索エンジンを利用する率が全体の50パーセントに上ったことが指摘されている。とくに旅行商品の購入では86パーセント、電子機器・家電商品の購入では74パーセントという圧倒的多数が検索エンジン経由だった。

グーグルが力をつけていったのは高度な技術力に加えて、実はヤフーの協力もある。本書でも詳しく描かれているが、2000年にヤフーに公式の検索エンジンとして採用されたことで、圧倒的な巨大ポータルの力によってグーグルは一般社会に認知され、その能力が広く知られるようになった。当初、ヤフーは検索エンジンをバカにしていたようだ。天気予報や株価情報などと並ぶポータルサイトのさまざまなオマケのひとつとしか考えていなかった。アルゴリズムの検索テクノロジーがいかに進化したとしても、そんなものはバックヤードで活躍する裏方の技術ぐらいにしか思っていなかったのだ。つまり人々が、検索エンジンを入口にして情報やサービスを得るような時代がやってくるとは想像もできなかったのである。

だからヤフーはグーグルの検索を使ったのだが、しかしこれによってグーグルが力をつけた結果、ヤフーにとっては「軒を貸して母屋を取られる」ようなことになり、面白いわけがなかった。このあたりのグーグルとの愛憎劇は、本書の読みどころのひとつだ。

加えて2000年代に入るとウェブサイトが急増してインフレ状態になり、ヤフーが収益基盤にしていたディスプレイ広告も氾濫して、広告をクリックしてくれる比率が低下してしまう。

このグーグルの下克上で、以降はグーグルの天下になったのかといえば実はそうでもないところが、ネット業界の有為転変の面白いところである。2010年代に入ると、再び「経路」は激変期を迎える。検索エンジンが中心の時代は終わり、SNSでの共有に取って代わられるようになったのである。人々は、自分の好む記事をツイッターやフェイスブックなどで拡散し、それらがフォロー・フォロワー関係によって流通するようになった。SNSの波は、グーグルでさえも追いかけ切れなかった。同社は過去、オーカットやグーグルウェイブ、グーグルバズなどのSNSを投入したが、すべて失敗して終了している。グーグルプラスは現在も続いているが、実際に使っている人はあまりおらず、成功とはとても言えない。

このSNSの普及に加えて、「経路」の基盤はパソコンからスマートフォンへと大きく変わり、それまでパソコンを使っていなかったようなユーザー層もスマートフォンで情報収集するようになり、情報の市場規模は大きくなった。

加えてスマホは常時携帯され、パソコンと比べてより親密なものになっている。机の前に座ってパソコンを見るのと比べ、ユーザー体験はまったく異なっている。長時間にわたって画面を見るパソコンに比べ、スマホは電車の中などなにかの待ち時間に分散して見られる。閲覧する時間は分断するが、しかし画面が小さく親密なデバイスであるために、見ている時の集中度もパソコンよりも高い。

このようにして機器と人間の関係は、パソコンだけの時代とは大きく変わった。

この変化に対応するようにして、さまざまな新しいサービスが台頭してくる。スマートフォンで扱いやすいメッセージサービスのフェイスブックメッセンジャーやLINE、ホワッツアップはメールに代わってごく普通に使われるようになった。動画や記事などのコンテンツもスマートフォンに最適化されることが求められるようになり、バズフィードやアップワーシーなどの新興メディアが、新聞社や雑誌のウェブサイトを超えるページビューを獲得することになった。

いまのネットの「経路」の中心にあるフェイスブックを、ヤフーは買収しようとしたことがある。本書には創生期のフェイスブックに対して買収提案し、実際に交渉まで至ったという内幕話が生々しく描かれている。2006年のことだ。まだフェイスブックは大学内SNSでしかなく、一般のユーザーへの公開さえされていなかった。

22歳だったザッカーバーグはこのとき、10億ドルを要求した。ヤフーの取締役会は12億ドルの買収額を承認し頼んだ。これでまとまるかに思われたのだが、なんとヤフーCEOのテリー・セメルはザッカーバーグに向かってこう言ったのだ。「利益報告を行なったばかりで、残念なことにあまり喜ばしい数字ではなかった。ウォール街も満足していない。10億で買収したものをすぐに売りに出すようなことになれば、身もふたもない。だから、君が望んだ10億を出すわけにはいかない。8億5000万ドルで手を打とう」。

こんな若造なら、それで納得するだろうとセメルは考えたのだろう。セメルは当時、60代半ばである。親子どころか、祖父と孫といってもいいぐらいの年齢の開きがあった。しかしこれによって買収交渉は決裂。フェイスブックはこの直後に一般に開放され、その後またたくまに会員数を増やしていき、いまや15億人近く。時価総額はなんと2500億ドルに達している。ヤフーの時価総額は300億ドルだ。

セメルは2001年にヤフーのCEOに就任し、07年まで務めた。CBSやディズニーを経て、ワーナー・ブラザースのCEOまで務めたエンターテイメント業界の重鎮だが、インターネットなどの技術にはまったく疎かった。本書では、セメルが電話で「サーバーって何だ?」「プロトコルとは?」と質問し、さらには電子メールを使いこなせず、ヤフーのサイトへのログイン方法を尋ねたことさえあったということを明らかにしている。

結局、メディアビジネスであればインターネットの知識など必要ないという発想が、ヤフーの足を引っ張っていたのかもしれない。コンテンツこそがすべての中心であり、良いコンテンツを生み出せばメディア業界では勝てるという戦略を立てたが、これは古いメディア業界の考え方である。

だからセメルがいなくなった後のヤフーで、創業者のジェリー・ヤンがCEOに就任するにあたって考えたのは、ユーザーがさまざまなサービスを利用したり情報を得たりするときの「スタートポイント」としてのヤフーの立場を取り戻すというものだった。

この方向性の先に、グーグル出身のマリッサ・メイヤーが現れたのは必然的だったと言える。

グーグルの検索エンジンのユーザーインターフェイス(UI)を開発し、「使いやすさ」を磨くことについては天才的な彼女は、いまのスマホ時代のデザインを熟知している。

だから彼女がヤフーのCEOに就任して、最初にやったことは的確だった。市場を調査して、ユーザーがモバイルで何をしているのかを調べた。ニュース、天気予報、メールチェック、画像共有といったそれらのすべての目的について、最高のモバイルアプリを作ろうとメイヤーは考え、実行に移したのである。

とはいえ、これらはしょせんはUIの改善でしかない。ネットの「経路」がポータルサイトから検索エンジンへ、さらに検索からSNSへと移り変わっていく中で、ポータルのサービスを改善したところで、それらは対症療法にしかならない。ネットの世界では、「経路」の基盤(プラットフォーム)を奪取しなければ勝ち組にはなれないのだ。そしてヤフーがSNSや、あるいはその先にある未知の「経路」を奪えるという可能性は、今のところまだ見えていない。

だからメイヤーの舵取りは、現時点ではかなり苦難の道のりを歩んでいる。2015年の第2四半期の決算では、ついに赤字転落してしまっている。純損失は2160万ドルで、前年同期の2億6970万ドルの黒字から急減してしまったのだ。

本書でも後半に言及されている中国のアリババが2014年に上場した際、ヤフーは保有株の約半分を売却している。手に入れた巨額の資金をテコに、メディア企業などの大型買収に乗りだすのではないかという観測もある。果たしてこの先、マリッサ・メイヤーはどのような手を打ち、そしてヤフーの命運はどうなるのか。

アメリカのネット業界は本当に恐ろしい。世界を支配しそうな勢いの成長企業が出てきても、その企業のビジネスモデルが古びれば、あっという間に新しいスタートアップに覇権を奪われる。たとえばマイクロソフトはかつてインテルと並んで「帝国」と呼ばれるほどの支配力を誇ったが、いまや見る影もない。いまはフェイスブックやアマゾン、アップルといった企業が帝国化しているが、この覇権もいつまで続くのかはわからない。

企業が生まれては消え、という栄枯盛衰が繰り返され、ひとつの企業が役割を終えて退場していくと、次の企業が現れる。ヤフーもそうやって、1990年代というごく短い時期に、大きな役割を果たしたのにすぎないといえる。本書ではそのことが、端的な言い回しで表現されている。「ヤフーが成功できたのは、世界に一瞬しか存在しない問題を解決したからだ。初期のインターネットは使うのが難しかった。ヤフーがインターネットを簡単にした」

しかしアメリカのネット業界は、全体としては大きなパワーを持ち続けている。ひとつひとつの企業の寿命は短いが、それによって全体としての生態系は維持されていく。そういう強靭なエコシステムを持っているのだ。

FAILING FAST マリッサ・メイヤーとヤフーの闘争
著者/訳者:ニコラス・カールソン
出版社:KADOKAWA/角川書店( 2015-10-31 )
定価:¥ 1,944
Amazon価格:¥ 1,944
単行本 ( 415 ページ )
ISBN-10 : 4041033888
ISBN-13 : 9784041033883

佐々木俊尚(ささき・としなお)
作家・ジャーナリスト

1961年兵庫県生まれ。作家・ジャーナリスト。毎日新聞社で12年あまり事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部に移籍。独立後フリージャーナリストに。ITと社会の相互作用と変容、ネットとリアル社会の衝突と融合を主なテーマとして執筆・講演活動を展開。

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