記事

もう結論は出ている。「施設」と「家庭」どちらで育つのが子どもにとって最適か。

「私は逆に、皆さんに問いかけたい。なぜ多くの人は、幼い子どもたちが深刻な状況に置かれていることに、これほど無関心でいられるのかと。“baby” という単語を思い浮かべてみて下さい。笑顔にあふれた、愛情いっぱいの環境にいる赤ちゃんのイメージが浮かぶでしょう。でも実際には、家庭で愛情を受けられずに、笑顔を失ってしまう赤ちゃんが大勢います。そのことに、なぜ無関心でいられるのでしょう。そういう人たちはきっと、多くの子どもが苦しんでいるという現実を、見たくない、忘れてしまいたいのだと思います。知らなければ、自分を守ることができますから

「日本の読者、それも、あまり社会的養護に関心のない人たちへ向けて、最も訴えたいことは何ですか?」という筆者の質問に対し、チャールズ・H・ジーナ教授は力を込めて訴えた。

講演するチャールズ・H・ジーナ教授
講演するチャールズ・H・ジーナ教授 写真一覧

1人の養育者にうまくなつけない「アタッチメント(愛着)障害」


私も含めた、多くの日本人にとって「アタッチメント(愛着)障害」とは耳慣れない言葉だ。が、9月30日に行われたシンポジウム、「乳幼児の養育にはなぜアタッチメントが重要なのか」(於・日本財団ビル)に参加してみて、その輪郭と大切さが改めて理解できたように思う。

米チューレイン大学で、赤ちゃんの「アタッチメント(愛着)障害」とその改善策を研究するジーナ教授によると、赤ちゃんには生物学的に、自分を育ててくれる人に「アタッチメント」を形成していく性質がある。難しい言葉で言えば、「選択的に、少なくとも1人の養育者に対し、安らぎやサポート、養育、保護を求める幼児の性向」のことだ

同じく当日、研究発表を行った目白大学の青木豊教授によると、「アタッチメント」にしっくりくる日本語訳はまだないが、「なつく」という言葉がもっとも近いという。なるほど、赤ちゃんが養育者に「なつく」ことが「自然に」できなくなってしまう状態、それが「アタッチメント(愛着)障害」なのかもしれない。

赤ちゃんに「アタッチメント(愛着)障害」が起きるとどうなるのか、という研究は、第二次世界大戦後の欧米で始まった。戦争によって多くの孤児が生まれ、家庭で育つことができない子どもが増えたこと、そうした環境で育った子どもたちは、より「非行」に走る傾向が高まる、という仮説が提示されたことなどもあって、幼い時期の「愛着障害」に注目が集まってきた経緯もある。

さらに大きなきっかけは、60~80年代におけるルーマニアの「チャウシェスク政権」だ。チャウシェスクは権力者として君臨し、女性の人工妊娠中絶を禁止。「子どもを5人以上産むこと」を押し付けるなど強引な人口増加政策を推進した。そのため、貧しくて育てられない親が急増し、孤児院が数多く作られた。孤児院の環境はひどいもので、結果的に治安は悪化。将来にわたって「チャウシェスクの子どもたち」と呼ばれる貧困層が生まれたのだ。こうしたルーマニアの状況への社会的な介入が、「アタッチメント(愛着)障害」研究の大きな足がかかりとなった。(※参照記事

愛着を形成できないことで起こる問題

冒頭のジーナ教授は、ロンドンの先行研究を紹介。2歳まで施設で育った赤ちゃんを、(1)養子縁組され、家庭的な環境で育つグループ、(2)親元に戻ることができたグループ、(3)施設に残るグループの3つに分けて追跡調査を行った結果、施設に残った乳幼児たちには、ある特徴が見られるようになった。それが「愛着(アタッチメント)障害」だ。あるグループでは、どの養育者にもなつかず、無反応で感情のコントロールがきかなくなる、などの傾向がみられた。

一方、養育者に対し「なつきすぎる」傾向の愛着(アタッチメント)障害もある。映像で見せてもらったが、ある5歳くらいの子どもは、施設で初めて会った大人(見知らぬ人間で、普通は「怖い」存在のはず)に対し、やたらとベタベタしている。無差別な愛着を示し、初対面の大人にもくっついていく。映像からは、大人の方が逃げ出したくなるほど「なついてくる」印象を受けた。このタイプは、いわゆる「空気が過度に読めない」状態になってしまうこともある。見知らぬ大人に対し、過度に立ち入った質問をしたり、馴れ馴れしく接したりする。

2歳以降、里親などのもとで育った子どもには、こうした傾向は少ないそうだ。「施設」と「家庭」どちらで育つのが子どもにとって最適か、ということが、徐々に明らかになってきている。というより、もう結論は出ている。はじめは愛着障害を示していた赤ちゃんでも、1対1の愛情が注がれる家庭で育つにつれ、徐々にその傾向が改善される傾向にあるのだ。

「最高の馬車」と「普通の車」という比喩


会場からは、里親をしている方からの質問が相次いだ。何らかの事情で家族と暮らせない子どもを一定期間、家庭で預かる「養育里親」の男性からは、こんな質問が寄せられた。

「日本では、1施設あたり、職員15人で子ども24人を見ています。シフト制なので、夜間には2人体制になってしまう。昼間でも、職員は7人です。こうした現状は、欧米諸国と比べてどうなのでしょう」

ジーナ教授は、「施設の環境は、国と国、国内でもエリアごとに違ってきます」と前置きしたうえで、次のように答えた。

「ルーマニアの孤児院は、少なくとも、日本の数倍の子どもを、より少ない職員数で見ていました。日本の施設はどちらかといえば、イギリスやギリシャと近いように思います」

ただ、ジーナ教授は他の質問者の回答と絡めて、重要な指摘をしている。

「日本では施設の小規模化が進んでおり、グループホームのような形で子どもを育てる形式もあると聞きました。もちろん、施設の環境が家庭に似れば似るほど、良いことは確かです。しかしながら、『最高の馬車』と『自動車』があった場合、どちらを選ぶかといえば、答えは明白でしょう。どんなに優れた馬車よりも、やはり人は自動車を求めてしまうものなのです

最高の馬車(優れた施設)と、普通の車(普通の家庭)。幼い子どもが育つには、やはり「特定の養育者」が、ずっとついてくれる家庭の方が良い結果を生むとの考え方だ。異論もあるかもしれない。「産みの親」が子を虐待するケースも多いからだ。しかし、そうした実の保護者から子を離し(親権が強い日本では難しいかもしれないが)、別の暖かな家庭で育つ方が、施設で育つよりも子どもにとってはプラスになる。「最高の馬車」よりも、「普通の車」がいいというのは、そういうことではないだろうか。

子どもにとって最も良くないのは「ネグレクト」

施設から里親として、子どもを引き取って育てている人からは、「育て方」についての質問もあった。ジーナ教授は述べる。

「『親業』研究には、数十年の蓄積があります。結論としては、とにかくしっかり心を込めて、子と向き合う、ということです。子どもにとって最も良くないのは、ネグレクトなのです。心をこめて子どもと対峙すれば、必ず発達の状況は変わってきます」

特定の養育者が、子どもに「心を込めて向き合う」ということ。それがどんな形であれ、子どもにとってはプラスの影響をもたらすという。逆にいえば、それができていない家庭では、うまく他人と「愛着(アタッチメント)を形成できない子ども」が育ってしまう……ということでもある。誰かが、できるだけ早期に「介入」しなければならない。そして、その「介入」は早ければ早いほどよい。愛着という、目に見えないものを「科学する」のは難しいが、多くの研究では、子どもが早期に家庭で育つことのプラス面を裏付けている。虐待を受けている可能性がある子どもや、育児を放棄しがちな保護者に対し、私たちの社会ができることは何だろう。

メディアのあり方と無関心の増殖~「里親」について報じるとき、私たちの関心は逸らされる~


冒頭の言葉が反芻される。

「“baby” という単語を思い浮かべてみて下さい。笑顔にあふれた、愛情いっぱいの環境にいる赤ちゃんのイメージが浮かぶでしょう。でも実際には、そうでない赤ちゃんが大勢います。そのことに、なぜ無関心でいられるのでしょう。多くの子どもが苦しんでいるという現実を、見たくない、忘れてしまいたいのでしょうか。知らなければ、自分を守ることができますよね」

個々人だけの問題ではないだろう。メディアもまた、「里親」に対して必ずしも良いイメージだけを報じてくれるわけではない。ごく一部の里親が問題を起こしたとき、「これだから里親は……」という情報ばかりをピックアップして報じるケースは多い。里親が子を引き取ることで、良い結果がもたらされた例の方が圧倒的に多いはずなのに、そちらは報じない。

健やかに育ったケースは表に出づらいのだろうが、「悪い里親に関するニュースの方が、視聴者のゴシップ心を満たしやすい」という要因もあるだろう。ジーナ教授によると、アメリカでも、里親をめぐる報道の姿勢は、ポジティブとはいえないそうだ。こうして、私たちの関心は逸らされる。子どもたちにとって、本当に大切な「あたたかい養育環境」とは何か。無関心でいること、本質を見ようとしないことが、最も危ういのだ。
[ PR企画 / 日本財団 ]

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