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リチャード・ブロンソン氏らから30億円以上を調達したドアホン「Ring」が、地域の犯罪を撲滅する

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引っ越してきたばかりのアパートでドアのチャイムが鳴り、インターホンから「今日は。オオヤです。挨拶に伺いました」という声が流れてきた。てっきり大家さんだと思って慌てて玄関のドアを開けたら、「〇〇新聞の大矢と申します。ウチの新聞を取ってください」と新聞の勧誘員が飛び込んできた……。そんな体験談を聞いたことがある。

電話の場合、発信番号表示サービスが登場したおかげでセールス電話や怪しい電話には出ないといった自衛策が取れるようになったが、玄関ドアの向こう側までやって来た人物が何者なのかを簡単な言葉のやり取りだけで正しく判断するのは意外と難しい。

2008年11月に起きた「元厚生事務次官宅連続襲撃事件」の犯人はインターホンで宅配便の配達人を名乗り家人の油断を誘ってドアを開けさせた後、犯行に及んだ。ドアを開ける前に来訪者の顔や身なり、挙動も確認できるテレビドアホンの売上が日本で急増したのはこの事件の影響が大きい。

米国は総じて日本より治安が悪い。それだけにテレビドアホンの需要も大きく、競争の激しい製品分野になっている。

2012年、カリフォルニア州サンタモニカのスタートアップが「Doorbot」という名前でリリースしたドアホンは、モバイル機器と連携させることで留守中でも訪問者に対応できることを特長としている。昨年、同スタートアップはリブランディングを実行し、企業名と製品名はどちらも「Ring」に変わった。

今年8月、ヴァージン・グループ創設者のリチャード・ブランソン氏らから2800万ドル(約33億6000万円)の投資を獲得。エンジニア5人で出発したチームは現在130名を超えるスタッフを擁するまでに成長した。

テレビドアホン「Ring」のシステム構成

次の画像の左側が現在、1セット199ドル(約2万4000円)で販売されているRingのテレビドアホンである。

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市販のテレビドアホンシステムは「カメラ付き玄関機」と「モニター付き室内機」とで構成されることが一般的だが、Ringの場合、WiFiまたはインターネットを通じて接続したモバイル機器(スマートフォン、タブレット、アップルウオッチ)が「モニター付き室内機」の役目を務めるため、室内機は基本セットには含まれていない。

接続するモバイル機器のOSは、Apple社製品の場合はiOS 7.1またはそれ以降、Android製品の場合はバージョン4.0またはそれ以降でなければならない。また、モバイル機器には専用アプリをインストールする必要がある。1台のRingドアホンに接続できるモバイル機器の数に制限はない。

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このドアホンの取り付けに配線工事は不要だ。製品に同梱されている取り付け台やネジ、ネジ回しを使って、購入者が自分で取り付けることができる。バッテリー電源のため配線も不要だ。バッテリーは1年程度もち充電可能。

外出時でも来訪者に対応可能

Ringを玄関に取り付け後、訪問者がこのドアホンのボタンを押すと、連携させたモバイル機器のアプリが起動され、ユーザーは訪問者の音声と映像を確認しながら応答することができる。

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音声は双方向でやり取りされるが、映像はRingドアホンからモバイル機器への一方向のみに流れるので、応答しても予期せぬ訪問者に見られたくない姿を見られてしまう心配はない。

室内機に加え、スマートフォンでも対応できる機能を組み込んだドアホンシステムは現在、日本でもPanasonic社の「どこでもドアホン」など数種類が発売されている。

ドアホンが鳴ったときに室内機を固定した部屋とは別の部屋にいれば、室内機のある部屋まで移動する必要がある。例えば3階建ての家で室内機を2階にだけ設置した場合、1階や3階にいるときは応答するために2階まで駆けつけなければならない。大したことがないようでも、度重なるとこれが結構ストレスになる。

その点、常に身につけていることの多いスマートフォンならば、かかってきた電話に反応するのと同じようにどの部屋にいてもその場で応答できる。ユーザーの利便性を考えると、スマートフォンの活用にたどり着くのは自然な流れだろう。

しかしモバイル機器の活用という点は共通していても、Ringは他社の製品とは発想がやや異なる。モニター付き室内機をシステムの構成要素から外したことで低価格化を実現したことも違いの1つだが、最大の特長は海外出張など、家から遠く離れているときでも自宅にいるときまったく同じように自宅のドアホンに反応できるようにしたことにある。

この特長を利用すれば、外出中もドアホンに対応できるだけでなく、在宅しているように装うことも可能だ。借金取りや押し売りにドアを叩かれて居留守を使うというのはよく聞く話だが、その逆をして何の得があるのかと疑問に思うかもしれない。実は防犯に役立つのだ。

米国では日中の空き巣の発生件数は年間100万件を超える。押し込み強盗と違い、空き巣は留守宅しか狙わない。侵入の前に留守かどうかを確認するために空き巣がもっとも多く利用する手段は玄関のドアホンを押してみることだ。もし応答があると、空き巣はセールスマンのふりをしたり家を間違えたふりをしてその場を去る。

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従来のホームセキュリティシステムは家に賊が侵入してからが本領を発揮するが、Ringならば留守中も家にいるふりをして返事ができるので、空き巣の侵入を未然に防ぐ効果が生まれるというわけだ。

Ringドアホンは赤外線人感センサーも装備している。来訪者がドアホンを押さなくても家の前に何か動きを感じると、このセンサーが反応してカメラが自動的に撮影を開始し、ユーザーのモバイル機器にアラートが送信される。ユーザーがアプリを開くと、自宅前で何が起きているのかをライブで追うことができる。映像は保存しておいて、後で再生することも可能だ。

人感センサーは温度に反応するので、人が動いたときには反応しても植物が揺れたときなどには反応しない。

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また、ゾーンごとにセンサーの感度を設定することができるので、家の前の道路を走る車には反応しないようにさせるなどの調節もきく。

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さらにRing社では「Cloud Recording(クラウド録画)」と呼ばれるサービスの提供も月額3ドル(約360円)、年額30ドル(約3600円)で開始した。

このサービスに加入すると、人感センサーが反応してカメラが撮影した映像が最大半年までクラウドストレージに保管される。ユーザーはいつでもアプリから指定のイベントの映像をダウンロードして再生し、他の人にシェアすることもできる。(なんでシェアするの?と疑問に持たれるかもしれないが、後で活用例を紹介しよう。)

発案者の頭にはなかった製品のコンセプト

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このように「防犯効果」を製品コンセプトの大きな柱の1つにしているRingだが、その産みの親であるJamie Siminoff(以下スミノフ)氏が製品のアイデアを思いついたとき、防犯は特に念頭になかった。

発明家で起業家でもあるスミノフ氏は自宅の車庫を作業場としていくつものプロジェクトを進めていたため、自宅の敷地内にいるにも関わらずドアのチャイムが聞こえず、訪問者に応対できないことがよくあった。

ある日も注文しておいたその日の作業に必要な品物を届けに配達員が玄関まで来ていたのにスミノフ氏は気づかなかった。配達員が荷物を持って帰ってしまったと分かり、彼はイライラしながら自分のスマートフォンを手に取る。

そのとき「なぜこのスマートフォンで玄関のドアホンに応答できないのか?」という疑問が頭をよぎった。

スマートフォンをドアホンに連携させれば、外出中に配達員が来ても「玄関脇に置いておいてくればいいよ」という風に指示できるので荷物を受け取り損ねる失敗がなくなる……

そう閃き、妻にこのアイデアを話してみると、いつもは厳しい反応ばかり返してくる妻が「画期的なアイデア」と大賛成してくれた。ただし妻が画期的と言ったのは「利便性」よりも「ホームセキュリティ製品」としての可能性を考えてのことだった。

多忙なスミノフ氏は妻と小さな子供を家に残して出張にでかけることも少なくない。そんなとき来客を予定していないのにドアのチャイムが鳴ると、妻はいつも不安に感じた。

”チャイムに応答する前にどんな人が玄関に来ているのかを確認できればもっと安心できるが、市場に出回っているテレビドアホンシステムはまだ価格が高い。それに持ち運びできるスマートフォンと違い、既存のシステムでは寝床に入ったまま応答するわけにも行かない。”

Ringが誕生したのはスミノフ夫人のこのフィードバックがあってのことだ。

企業ミッションは「ホームセキュリティ」から「地域全体の防犯」へと発展

Ringは防犯に関連した話題でこの夏だけで数回マスコミに登場している。

「ドアホンカメラが姿をキャッチした窃盗容疑者」2015年6月3日WGCL-TV

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ジョージア州に住むレーン氏は地下室や2階にいるときに誰かが訪ねてきてもすぐに気づくようにとRingドアホンを導入した。ある晩、人感センサーが反応したので映像を見てみると、玄関前で怪しい動きを見せる男の姿が映っていた。男はドアホンのカメラに気づいたのか慌てて逃走した。

レーン氏はこの映像を警察署に提出。警察は男の人相がこの地域で目撃された自転車窃盗犯の人相に一致しているとして映像をマスコミに公開し、この男の情報を求めている。

「家人が空き巣の逮捕に協力」2015年8月28日KTLA5

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カリフォルニア州に住むガーフィールド氏はRingドアホンを2週間前に自宅に導入した。外出中、Ringのアプリからアラートを受ける。スマートフォンをチェックすると、そこには見知らぬ男が自宅に近づき、ドアホンを押す姿が映し出された。

ガーフィールド氏が何も返答せずにいると、男は留守と見てドアを蹴破って家の中に侵入した。ガーフィールド氏は直ちに警察に通報した。

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家の中にも監視カメラを設置しておいたので、ガーフィールド氏は男が宝飾品を見つけて枕カバーに入れ逃走する犯行の一部始終をリアルタイムで追うことができた。

逃走後まもなくして、この窃盗犯と逃走を手伝った運転手役の2人は警戒態勢を敷いていた警察に身柄を確保され、盗まれた品物はガーフィールド氏のもとにすべて無事に戻った。

こうしたニュースを受け、Ring社では「ホームセキュリティ」からさらに一歩進んで「地域社会からの犯罪撲滅」を企業ミッションとして打ち出すようになった。

同社では、クラウド録画した映像に怪しい行動や不届きな行動をする人物が映っていたら、その映像を警察や近所の人たちにシェアして警戒を呼びかけるように勧めている。

シェアされた動画の一部は同社のfacebookで一般にも公開されている。その1つである次の映像には玄関前に配達された品物を盗んでいく窃盗犯の姿が映っていた。

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こちらは「許しがたい」という憤りからではなく、「懐かしい」という好意的な感情からシェアされた映像である。Ringが捉えたのはピンポンダッシュで必死に走り去る少年の姿だった。

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モバイルとの連携で生まれた思いがけない副次効果

スミノフ氏はRingの前身となる「Doorbot」をリリース後の2013年9月、米国の人気番組『Shark Tank』に出演している。著名投資家5人の前で70万ドル(約8400万円)の投資を求めるプレゼンテーションを行ったが、目的の投資は獲得できずに終わった。

5人の投資家は「同様の機能を備えた製品が他のメーカーからもっと低価格で販売される可能性が高いのでDoorbotの売上はまもなく頭打ちになる」と予測し、投資を控えたのだ。

ところが冒頭で触れたように、この8月、Ring社はリチャード・ブランソン氏らから2800万ドル(約33億6000万円)の投資を受けた。

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(Ringの製品パッケージを手にしたリチャード・ブランソン氏)

なぜブランソン氏はRingに投資する気になったのだろうか?

スミノフ氏の「地域社会からの犯罪撲滅」というミッションにかける情熱と失敗しても挫けずに前に進んでいく姿勢に成功するスタートアップに必要な要素を見い出したとブランソン氏は語っている。

ブランソン氏がRingの存在を知ったきっかけは、ある会合に出席した際、同席者の1人がスマートフォンでRingのアプリを操作しているのを目にしたことだった。ブランソン氏はRingをエキサイティングな製品だと感じ、すぐに自分の方からスミノフ氏にコンタクトを取ったという。

ブランソン氏からの出資のニュースに対して「弱小スタートアップが傲慢な投資家たちにひと泡吹かせた」と爽快に感じている米国人も少なくないようだ。

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