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アリさんマークの引越社経営陣が「弁償金制度」で懲役10年を求刑される可能性があるって本当!? - 榊裕葵

アリさんマークの引越社に対し次々と訴訟が起こっているが、中心的な問題点は、同社が社内制度として運用している「弁償金制度」である。

従業員や元従業員が、弁償金制度により違法に天引きされた賃金を取り返そうとして訴訟を提起しているのだ。

■弁償金制度とは


弁償金制度とは、引越しの作業中に従業員がお客様の荷物を破損した場合、その損害額を従業員本人に負担させるというものだ。

私は手に入る限りの情報に基づき、今回の弁償金制度の何が問題なのかを法的に整理したので、読者の皆様とも本稿にて共有させていただきたい。

この弁償金制度には4つの問題点があると私は考えた。

■弁償金制度自体が合法であったか?


1つ目の問題点は、弁償金制度を設けること自体についての問題である。

確かに、会社が従業員の故意や過失によって損害を被った場合、従業員に対して、現に発生した損害の賠償を求めることは法的にも差し支えない。

だが、労働基準法第16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定め、現に発生していない損害に対して、制度として損害賠償額を予定することを禁止しているのだ。

アリさんマークの引越社がどのようなルールで弁償金制度を運用していたのか具体的な資料が手元にないので合法か違法かの断言できないが、「システムとして」弁償金制度を運用していたという情報もネット上には出ているので、労働基準法第16条に抵触する可能性があるということを、ここでは言及しておきたい。

■従業員の全額弁償させるのはおかしい


2つ目の問題点は、従業員に負担させる弁償金の割合である。

アリさんマークの引越社の従業員を支援しているプレカリアートユニオンのブログ記事(2015年5月2日付)によると、同ユニオンの団体交渉により弁償金の上限を損害額の3割以内まで引き下げさせたそうであるが、これ以前は損害額の全額を従業員が負担していたようである。

この点、過去の判例を踏まえると、裁判所は従業員が損害の全額を負担することに否定的である。

なぜならば、会社は従業員が提供する労務によって日々利益を得ているのであるから、損害が発生した時に当たり前のように賠償を求めるのは、信義に反することであると考えられるからだ。

代表的な判例は、最高裁判所まで争った「茨城石炭商事事件」であるが、タンクローリーを運転中に事故を起こした従業員に対し、会社が車の修理代として40万円の損害賠償を求めたことに対し、最高裁判所は、従業員本人が負担すべき賠償額を、損害額を4分の1に限定するという判決を下している。(最高裁昭和51年7月18日判決)

アリさんマークの引越社においても、今後は事案の性質に応じて相応な範囲内で弁償金制度を運用されることを願いたいが、過去に10割の弁償金を支払った従業員は、時効が成立していない範囲、弁償金の一部または全部を取り戻すことができるであろう。

■弁償金の給与天引きは完全に違法


3つ目の問題点は、罰金を給与から天引きしているということだ。

労働基準法第24条には、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」と明記されている。

社会保険料や源泉所得税を天引きするような一部の例外を除き、従業員に支給すべき賃金から会社が弁償金などを勝手に相殺することは法的に許されていない。

この点、労働法を勉強したことがある方からは「労使協定を結べば天引きは可能になるはずだ」という反論を受けそうだが、その指摘は正しくない。

なぜならば、労使協定を結べば何でも天引きが許されるという訳ではなく、厚生労働省からの通達によって、「購買代金、社宅、寮その他の福利厚生施設の費用、労務用物資の代金、組合費等、事理明白なものについてのみ」天引きが許されると制限がかけられているからである。(昭和27年9月20日基発第675号)

「弁償金」は明らかに、厚生労働省が天引きを許している費用項目の範囲には含まれていない。

なお、許されていない弁償金を給与から差し引くということは、本来払うべき賃金を全額支払わなかったということになるので、この行為に対しては、労働基準法第120条により、30万円以下の罰金に処すると定められている。

■弁償金の貸付制度は強制労働に該当する可能性


4つ目の問題点は、弁償金の貸付制度だ。

週刊誌の報道によると、弁償金が高額になる場合には次のような実態があったようだ。

車両事故については、損害が高額になることもあって、会社から弁償を命じられた金額を社員会である引越社「友の会」から(多い人では年収に匹敵するような数百万円もの)借金をさせられた上、毎月の給料から天引きされ、仕事も辞められない、という前近代的な実態があります。(『週刊ポスト』2015年2月20日号)

これが真実だとしたら大変なことである。

労働基準法第5条では「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」と定めている。

金銭を貸し付けて仕事をやめられないようにするのは、まさに明治時代に貧農の娘が実家の借金の担保に製糸工場などで過酷な労働を強いられたのと同じ構図であり、労働基準法第5条が禁止する強制労働の形態の1つに他ならない。

さらに言えば、本条に対する違反は、憲法で保障された基本的人権を侵害するものであるため、労働基準法上、最も重い刑事罰が定められており、労働基準法第117条によって、1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金が課せられることとなっているのだ。

■今回限りの問題にしてはならない


以上のように、アリさんマークの引越社の弁償金制度は、多くの法的問題点のある制度である。

ただし、実務上は労働基準法違反で起訴されることは非常に少ないので、罰則が適用されることも稀であり、正直なところ、経営者が労働基準法を甘く見ている側面もあると思う。

実際、アリさんマークの引越社の社長も、よもや自分が刑務所に行く可能性があるとは思ってもいないであろう。だが、厳格に法律を適用すれば、そうなる場合もありうるのだ。

私は、今回アリさんマークの引越社の従業員が声を上げたことは、自分たちの権利を守るという意味ではもちろんのこと、わが国全体にとっても大変素晴らしいことだと考えている。

なぜならば、労働基準法の違反に対して従業員が声を上げることによって、良い意味で労使間に緊張感が生まれるからだ。行政も、悪質な労働基準法の違反に対しては、厳しく取り締まっていくべきであろう。

その結果、労働基準法に違反することが直ちに経営リスクになるという社会的風潮が成立し、経営側も労働基準法を本気で学び、真剣に法的に正しい社内制度の構築を考えるようになるはずだ。

今回の事件を、「またブラック企業が問題を起こしたか」という次元でとらえ、「他山の石」で終わらせてはならない。

労使お互いが労働基準法を尊重しながら労働契約を結び、従業員が安心して働くことができる、成熟した労働文化を持った国を作っていくためのきっかけとして受け止めようではないか。

《参考記事》
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html
■職人の世界に労働基準法は適用されるか?
http://sharescafe.net/41988647-20141120.html
■経験者だから語れる。パワハラで自殺しないために知っておきたい2つのこと。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/42167544-20141201.html
■すき家のワンオペを批判するなら、牛丼にも深夜料金を払うべきだ。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41373749-20141016.html
■日テレ内定取り消しの笹崎さんに必要なのは「指原力」だ 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41885958-20141114.html

あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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