記事

新国立競技場の情けないドタバタ劇。誰に責任があるのかと言えば、国会議員だよ。 - 7月22日(水)のツイート

しかし国会議員の無責任体質だけはどうしようもないな。新国立競技場の情けないドタバタ劇。誰に責任があるのかと言えば、国会議員だよ。それも与党、野党含めて。行政の責任は全て政治にある。だからこそ政治が決定する。維新の党だって政治「主導」なんてカッコいいこと言ってたはずだ。

知事、市長は全て責任を負う。住民訴訟の対象となり、場合によっては巨額の個人責任を負わされる。でも議員は住民訴訟の対象ではない。ここもおかしいんだけどね。国会は国権の最高機関。政治主導を標榜するなら全ての責任は国会議員の責任という姿勢を示さないと。

当時決定をした与党だけではなく野党の責任もある。そんなバカげた行政の在り方を正すことができなかったのだから。共産党は自分たちは反対していたと言い訳するけど、政治は結果責任。議席数がどうであれ、止められなかったならそれは責任を負う。国民に訴えて反対運動を展開することもできたのだから

新国立のこのバカげた計画について野党の国会議員は今まで何をやっていたんだ。今になって鬼の首を獲ったように政府を責めても国民はしらけるばかり。国民からみたら与党も野党も同じ穴のムジナ。国会議員ちゃんとやれよな、というのが国民の感覚だろう。ここをくみ取れない政党は支持が広がらない

新国立の問題で、野党が政府を追及していくのは当然だとしても、それは自分たちもこれまでこの問題を見落としていたことを踏まえてのものでないと国民はしらけるばかり。それにしても国会議員のこの無責任体質だけはどうしようもない。誰も自分に責任があると感じない。

今回の安保法制の最大の問題は、こういう国会議員が防衛出動の承認・不承認を決めること。安全な永田町で国会議員が行う判断で、自衛官やましてや国民の命が奪われるなんてまっぴらごめんだ。行儀も知らない維新の党の若造議員が、僕が国会議員を前線に送り込めと言ったことを荒唐無稽と批判してきた。

インテリぶった奴は、国会議員を前線に送り込んでも適切な判断に役に立つことはないと言う。バカ野郎。国会議員を前線に送り込むのは人身御供だよ。前線の現場の状況を把握させるためではない。自分の命がなくなることを前提として判断させる。国会議員に責任を負わせるんだ。

国会議員の中には、ケンカの一つもしたこともなさそうなのが、威勢の良いことばかり言うのも多いよ。そんなバカな国会議員のかっこを付けた上っ面の判断で、国民の命が奪われるなんてことは絶対にあってはならない。国民の命を守るために防衛出動の判断が必要になることはある。

でもそれは責任を負った判断にしてもらわなければ困る。防衛出動の承認は、国民の命を守ると同時に奪うことにもなる判断だ。そんな判断をするなら、国会議員を前線に送り出して、まず真っ先に命を落とす環境に置かなければならない。命を落とすのが嫌なら、いきがった防錆出動の承認はしないだろう。

新国立競技場のこのドタバタを見る限り、国会議員は全く信用ならないね。誰も自分の責任だと感じていない。野党も。安保法制について維新の党は独自案をまとめたが、こりゃ本気で、国会議員を前線に人身御供で送り出すことを真剣に考えなければならないな。

安保法制に関する維新の党の勉強会では、国会議員を前線に送り出すなんてことは荒唐無稽に扱われたけど、その国会議員の感覚の方がおかしい。維新の党も含め、国会議員はいかに無責任が自覚せよ。そんな国会議員の集団が、防衛出動の承認をするなんて、そっちの方が荒唐無稽だ。

安保法制で考えなければならない最大のポイントは、無責任な防衛出動の承認判断を国会議員にさせない担保。これは国会議員の人身御供しかない。前線に送って現場の状況を把握させるためではない。単なる人質。そこまでの覚悟を国会議員に求める。維新の党も、これくらいの覚悟を示せないのかね。

維新の党の安保法制の考えもほとんど国民に伝わっていない。少し報道されたくらいで、自ら「注目の」維新の党案とか言っているようじゃ全然ダメだ。国民はしらけるばかり。注目されているかどうかは維新の党から言うのじゃなくて国民が評価すること。

また維新の党案は個別的自衛権と集団的自衛権が重なっているもの。ところが憲法学者や世論が集団的自衛権は違憲と考えていることに及び腰になって、個別的自衛権で説明しようとした。そして政府に猛反撃されて世間にはそちらの方が伝わっている。個別的自衛権の拡張は危険だと。

個別的自衛権の拡張は、これはこれで危ないもの。個別的自衛権だから安心だというのは大間違い。日本の第二次世界大戦への突入も基本的には全て個別的自衛権。だからストレートに維新の党案は個別的自衛権と集団的自衛権の両方の性質を持つものだが、合憲である旨を徹底して主張すればいい。

今国民は「集団的自衛権は違憲」との認識になっているが、違憲、合憲の議論はこのような抽象論ではない。具体的な条文が憲法に適合しているかどうかを判断しなければならない。維新の党の条文は憲法に反しない。個別的自衛権と集団的自衛権が重なる部分であり、両方の性質を備える領域だからだ。

世間を説得するのが政治家の仕事。世間が誤解しているなら、なおさら説明し続け、理解してもらわなければならない。にもかかわらず、世間に阿って、維新の党案を個別的自衛権だと言ったら、かえって反撃される。ストレートに真正面からいかなきゃ。

内閣支持率が下がったことは、ここまでのことをやっているから当然のこと。それよりも重大なことは、これだけ内閣の支持率が下がっているのに何もチャレンジしていない野党の支持率が上がらないこと。野党の力不足の方が大問題だ。野党にはその自覚がない。維新の党ももっと考えなければならない。

そうそう朝日新聞の記事で、憲法学者が、野党は対案を出さなくていい。反対だけすればいい、と言っていた。検察官と弁護士の関係を例に、弁護士は真犯人を探す義務はないと。こういうことを言うから憲法学者は信用されなくなる。与党と野党は、検察官と弁護士の関係ではない。

検察官と弁護士は、入れ替わることを前提としていない。だから弁護士は弁護士の立場に徹すれば良い。しかし与党と野党は違う。野党は与党を目指す。ゆえに野党は、自らが与党になったことを想定した態度振る舞いが必要だ。現在の安保についてどう考えているのかを示す必要がある。これが対案だ。

現状維持というならそれも対案でもある。しかしここで必要なことは、政府与党に対して批判するだけではなく、現状維持について立論をしなければならない。現在の安保環境の変化についてどう考えているのか、ここをしっかりと述べる必要がある。それが現状維持という対案となる。

ただこれは今の国会の質疑・答弁の形で明らかにすることはできない。双方が自ら立論をし、お互いに相手の立論への批判をする討論形式になっていないからだ。民主党は現状維持が対案だと言っているが、そうであれば現状維持でなぜ大丈夫なのかを立論しなければならない。そこが全く欠けている。

政府案と違う考え方ならそれをしっかりと立論する。独自案でもよし、現状維持案でもよし。重要なことはしっかりと立論すること。与党と野党は、検察官と弁護士との関係とは異なる。そして現状維持であっても立論が必要だ。日本はディベートの教育がないので立論というものに馴染みがない。

現状維持だからと言って、相手の立論に文句ばかり言うのは建設的な討論ではない。現状維持でなぜいいのか、しっかりと論じる必要があり、これが現状維持という対案だ。それよりも、維新の党は、国民に向けてのメッセージの出し方をもっと考えないと、国民から増々見放される。

※この記事は橋下徹大阪市長のツイートを時系列順に並べたものです。

あわせて読みたい

「新国立競技場」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    「安倍晋三記念小学校」嘘と判明

    和田政宗

  2. 2

    麻原彰晃・娘 妹の虐待訴えは嘘

    松本麗華

  3. 3

    籠池氏の嘘 拡散した朝日は無視?

    和田政宗

  4. 4

    よしのり氏「罠にはまった文春」

    小林よしのり

  5. 5

    山口組の自虐的川柳が傑作ぞろい

    NEWSポストセブン

  6. 6

    よしのり氏 枝野氏の発言は問題

    小林よしのり

  7. 7

    希望維新の合流進めたい安倍首相

    NEWSポストセブン

  8. 8

    前川氏 ネトウヨは教育の失敗

    文春オンライン

  9. 9

    ISを「破門」しないムスリム社会

    SYNODOS

  10. 10

    内田樹氏の安倍政権分析に納得

    マガジン9

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。