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安保法案で野党が批判する「強行採決」とは? 問題点はどこにあるのか

 7月15日、集団的自衛権の行使を可能にすることなどを盛り込んだ安全保障関連法案が、衆議院の特別委員会で採決されました。民主党、維新の党、共産党は、委員会に出席はしたものの、政府案の採決には応じなかったため、与党のみで採決をする「強行採決」という形が取られました。国会の周辺では、この「強行採決」に反対するデモの声が響き渡りました。

 しかし、議会制民主主義は多数決で物事を決定していくシステムです。昨年の総選挙で多数を獲得した与党は、「民意」にしたがって決を取ったに過ぎないと考えることもできます。一体「強行採決」は、何が問題なのでしょうか。

法案1本あたりの審議時間は10時間?

 「強行採決」とは、マスコミが作り出した用語であり、法律に定められているわけでもなく、厳密な定義もありません。実は、日本の法律は、そのほとんどが多数決ではなく「全会一致」で成立しています。与野党がきちんと議論をして修正をした上で、各党が共通して支持する法案が、圧倒的に多いのです。また、与野党で法案に対して部分的に賛否が分かれた場合でも、そのほとんどは、審議を打ち切ることについての与野党の合意があった上で採決をします。

 しかし、法案の内容をめぐって与野党の主張が真っ向から対立する、いわゆる「対決法案」では、お互いに妥協の余地があまりありません。採決をするに足りる十分な議論ができていないとして、少数派である野党が採決をすること自体を拒否すると、多くの場合に与党側である委員長の職権で、与党だけでも採決を行うことができるルールになっています。この委員長職権による採決は、慣例上極めて例外なものとして位置づけられているため、話し合いを続けることを拒否する非民主的な方法という批判を込めて、「強行採決」というネーミングがされているのです。

 与野党で主張が真正面から対立する「対決法案」の場合は、最終的に質問や討論で意見の違いを埋めることはできないため、議論をし続けることに意味はなく、多数決を取る事は何の問題もないと考えることもできるでしょう。しかし、中央大学法科大学院の佐藤信行教授(公法・英米法)は次のように指摘します。

「民主主義だから多数決で決めればいいというだけなら、極端な話、選挙で多数派が決まった時点で審議をやる必要もないし、国会も不要かもしれません。しかし、法案審議で丁寧な議論を尽くすことが重要なのです。野党があらゆるケースを想定して質問をし、与党がこれに対して明確に回答して行くことで、法案における利害関係の調整が適切かどうか、見落としていた論点はないか、制度の問題点はないかを明らかにできます。さらに、こうした議論を重ねることによって、法律が国会の手を離れて実際に執行される時に、どのような運用がされるのかについての基準をあらかじめ形作るという機能を有するのです」

 今回の審議は、閣僚によって答弁の内容が異なるなど、不安定で明確性を欠くことも少なくありませんでした。また、具体的なケースを想定した質問がなされても、与党は曖昧な回答に終止しました。安保法案がどのように執行・運用されていくのかを統制する議論が十分になされていたかは、疑問があると言わざるを得ません。

 そして、事実上の慣行として、平均すると一本の法案に対する審議には、80時間程度の時間が費やされます。与党は、今回の法案について、審議を110時間行ったから、「審議は十分尽くされた」という説明をしています。しかし、今回は「安保法案」という形でくくられているものの、その中身は11もの法律に及びます。単純に割れば、1つあたりは10時間程度となってしまい、審議時間が明らかに足りないとも考えられるのではないでしょうか。

中身のある議論はできていたのか

 これに対して、前衆議院議員の三谷英弘弁護士は、次のように語ります。

「今回の法案は、大きく分けて、自衛権行使、後方支援、領域警備という3つのテーマに分類できると思います。具体的な数字としては11の法案ですが、論点が重なる部分もありますから、全てが個別の法案と考えることは適切ではないでしょう。一方、『安保法案』という1つの法案だというのはさすがに無理があります。議員経験から考えると、審議時間は110時間では十分とはいえず、全体として150時間くらいは必要だったのではないかと思います。」

 しかし、単純にここから30~40時間増やして審議すれば解決したのかというと、そうとはいえません。本質的な問題は、“中身のある”審議ができなかったことでした。今回の審議では、「自衛権」の中身を再定義した、維新の党の対案が出てきた事に、大きな価値があったと三谷弁護士は指摘します。

「維新の対案は、今回の法案について、『個別的自衛権』と『集団的自衛権』のどちらで説明するかといった言葉の問題という面もありましたが、『自衛権』の行使をどこまで統制するかということが具体的な論点として上がるきっかけになっていたのです。しかし、この対案が出されたのは、審議も終盤に差し掛かった、7月8日になってからでした。審議の場で法案の理解が深まったのは、この採決前の一週間に過ぎません。維新も、審議終了の間際になってからではなく、もっと早くに対案を出して審議時間を目一杯活用して堂々と議論をするべきでした」

 今回は、与党が審議の時間をきちんと取っておらず、適切な答弁をしていないまま「強行採決」に踏み切ったということも、もちろん問題です。しかし、審議が始まった当初から80時間くらいは、野党も「戦争法案」などといったレッテル貼り・印象論に終始し、あまり具体的な議論が出すことができていなかったともいえます。三谷弁護士は、「与党にも猛省を求めたいですが、野党も闘い方が極めて稚拙だったと言わざるを得ません。両者とも強く批判されるべきです。有権者の皆さんも、印象論で賛成か反対かを考えるのではなく、国会の審議がきちんと議論の場になっているかを見定める姿勢を持って欲しい」と言います。

 「強行採決」という言葉は否定的なイメージが強く、それ自体に目が行きがちですが、今回の問題の本質は、中身のある実質的な議論が十分にされなかったということに尽きます。採決がなされる瞬間、野党の議員が「自民党 感じ悪いよね」と書かれたプラカードをカメラに向かって掲げる光景は、今回の法案審議を象徴するものとして極めて印象的でした。民主主義は、議論のプロセスを充実させることに意義があるということを、改めて考えさせられます。

(ライター・関田真也)

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