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戦後70年談話に「敗戦責任」は盛り込まれるのか?

・戦後70年談話のゆくえ

戦後70年という節目の年を向かえるにあたり、安倍総理大臣が出す「戦後70年談話」のゆくえが、今年に入ってから俄に注目を集めているのは周知である。2月25日には西室泰三氏(日本郵政社長)を座長とする戦後70年談話有識者懇談会(21世紀構想懇談会)の初会合が行われ、以降、6月25日の第6回会合にて審議終了となった。

6月下旬に入ると、「70年談話」は閣議決定を伴わない「私的」なものとする方向で調整に入った、との観測報道がなされ、7月9日の読売新聞は「8月9日の”長崎原爆の日”を終えた10日から15日までの間に(70年談話を)発表する方向となった」と伝え、その動静をめぐるニュースは連日、矢継ぎ早に出ている。

”談話のポイントは『侵略』と『お詫び』の文言が入るのか、否か。”(2月21日日刊ゲンダイ)と簡潔に指摘されるとおり、「戦後70年談話」の愁眉は、1995年の「村山談話」(50周年)とそれを踏襲した2005年の「小泉談話」(60周年)で明記された”「植民地支配と侵略」「反省とおわび」”の二つの文言を再々度踏襲するか否か、という点に収斂されている。

しかし、こういった「戦後70年談話」をめぐる論点や議論の中から、すっぽりと脱落しているものの存在を私は見過ごすことは出来ない。それは植民地支配や先の大戦が侵略的であったか防御的であったのかという評価ではなく、「敗戦」から70年という歴史的経過を踏まえた上での、「敗戦責任」に対する言及である。

・脱落している「敗戦責任」

言わずもがな、「敗戦責任」とは、15年戦争、とりわけ1941年12月の真珠湾攻撃から開始される日米戦争が、結局完敗に終わったことに対し、国家が国民に負うべき瑕疵を指す。当然、15年戦争下では国家総動員体制のもと、米英撃滅を叫んで日米戦争に突入していった国家が、そのスローガンを完遂できず逆に敗北となったのだから、その責を国民に対して負うのは常識的な皮膚感覚のお話だろう。

そこで95年の「村山談話」と05年の「小泉談話」を再度簡単に振り返ってみる。この二つの節目の談話は、「植民地支配と侵略」「反省とおわび」という二つの文言が明記されているが、これは文脈的にはいずれも「対外的」、つまり明治国家が植民地支配した朝鮮半島・台湾島等や、日清戦争以降の中国大陸、そして図らずも日米戦で地上戦の舞台となったフィリピンなどのアジア諸国に対しての贖罪の観念であって、「日本国民に対して戦争に敗北したことへの贖罪」というニュアンスとは明らかに異なっている。つまり、この二つの談話には、「敗戦責任」への言及はほぼ存在していない、とみることができよう。

わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ…(後略)

出典:「1995年、村山談話(戦後50年)」

先の大戦では、三百万余の同胞が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは、戦後遠い異郷の地に亡くなられています。

出典:「2005年、小泉談話(戦後60年)」



いずれも、「敗戦責任」に微妙に言及するかしないかの様な表現を用いており、いずれもこの後に「対外的」な謝罪のニュアンスが続き、「対内的」、つまり国民に対する「敗戦責任」の明確な弁明は存在していない。

先の日米戦争で、日本が「国策を誤」って、対米戦争に突入したのは自明である。よく対米戦争は「勝つ見込みの無い戦争」と形容されるが、実際には当時の政府・大本営はドイツによるイギリスの屈服(アシカ作戦発動)による英国降伏によって対米戦勝利のプランを夢想的に思い描いていた。

勝利の見込みが無いまま…というのはやや言い過ぎだと思うものの、結果的に『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹氏著)が指摘するように、海上輸送力の限界(建艦能力)で日本必敗の結論が開戦前の段階で出ていた以上、対米戦争に突入し、案の定敗北した責任は、何よりも当時の政府と大本営にある。

国民に「勝てる」と喧伝して結局負けた戦争が、結果的には惨敗に終わったのだから、まず謝罪の対象は「対外的存在」ではなく内側の、国民に対してであろう。これが端的に「敗戦責任」だが、この事は巧妙に糊塗されたままの状態が戦後、現在に至るまで続いている。

これは『永続敗戦論』(白井聡氏著)の中でも重層的に提起されている問題だが、過去の総理大臣談話が、終始「対外的」な謝罪と反省に終始し、その謝罪が内向きのものではない事に対しての違和感が、戦後70年に際しても、いまだ国民的皮膚感覚として沸き起こらないのは「異形」の感すらある。

中国や韓国に対する謝罪の云々ばかりが議論され、なぜ日本国民に対する謝罪やお詫びの言葉や総括はないのか。国家総動員体制の元、日本必勝の宣伝を信じて前線で戦った兵士や、後方で勤労奉仕していた当時の日本国民を、結果的に裏切ることになった政府の「軍事的敗北」に対する反省の言葉こそ、戦後70年の節目に求められるものではないのか。

・敗戦直後には存在していた「敗戦責任論」

所謂「敗戦責任」、つまり時の政府や軍部に対し、日米戦争における軍事的敗北の責任を問う声は、敗戦の日前後、常識的に存在していた。当時の知識人や文化人の日記から、その片鱗を探っていこう。

(1945年8月16日の日記)驚いて良いことだが軍人は一番失敗について責任を感ぜず、不臣の罪を知らざるが如く見えることである。(中略)戦争に負けたのは自分たちのせいだという事は誰れも考えない。(中略)レイテ、ルソン、硫黄島、沖縄の失策を現地軍の玉砕で申訳がたつように考えているのなら死者に申訳ない話である。人間中最も卑怯なのが彼ら(軍部)なのだ。

出典:『大佛次郎敗戦日記』大佛次郎著、草思社 P.311、括弧内傍線部筆者

(1945年8月30日の日記)この勝負にならない戦争を、とにかく最後の御詔勅(敗戦)の日まで、日本が勝つと思いこましていた(政府・軍部の)腕前は、まさしくエラいと言えばエラい。がまた、ヒドいと言えばヒドい。(中略)ポツポツと責任上切腹する軍人があるが、今更切腹したところで、何になるんだと申したい。

出典:『無声戦争日記妙』徳川夢声著、中公文庫P.338、括弧内傍線部筆者

(1945年8月11日の日記)「―何をか言はん(敗戦の日に切腹した阿南惟幾陸相による、ソ連対日宣戦を受けての声明)」とは、全く何をか言わんやだ。国民のほうで指導層に言いたい言葉であって、指導層側で言うべき言葉ではないだろう。かかる状態(敗戦)に至ったのは何も敵のせいだけではない。指導層側の無為無策からもきているのだ。しかるにその自らの無為無策を棚にあげて「何をか言はん」とは。嗚呼、かかる軍部がこの国を破滅に陥れたのである。

出典:『敗戦日記』高見順著、中公文庫P.295、括弧内傍線部筆者



などなどである。大佛次郎、徳川夢声、高見順の三者は、戦前戦中に著名文化人として知られる面々であったが、その三者が一様に、8月15日の前後という段階で、当時の政府・軍部の「敗戦責任」を指摘している所は興味深い。彼らの指摘は当時の知識人による感想にとどまらず、確実に同時代の大衆の皮膚感覚をトレースしていたはずだ。

・幻に終わった幣原喜重郎内閣の「戦争調査会」

また「東京裁判」で戦犯として処刑された東條英機は、同裁判中の口述書の中で次のようにその「敗戦責任」の所在を明確に認めている。

敗戦の責任については当時の総理大臣たりし私の責任であります。この意味における責任は私はこれを受諾するのみならず、衷心より進んでこれを負荷せんと希望するものであります。

出典:「東條英機宣誓口述書」1947年12月19日



東條も認めたこの「敗戦責任」を追求する動きは、時の政府の内部にも存在した。こと「敗戦責任」についての軍事的側面を含む広域な範囲からの研究については、当時、幣原喜重郎や芦田均から盛んに提起され、その流れを受けて幣原喜重郎内閣は1946年に「戦争調査会」を発足させ、同年3月27日に各界の有識者などを集め、大々的に第一回会合を開く運びとなった。

この「戦争調査会」は、「政治外交」「軍事」「財政経済」「思想文化」「科学技術」の五部会からなる重厚な布陣であり、日本の「敗戦責任」を多方面から突き止めることを主軸の一つにしていた。とくに「日本を無為無策に敗北に導いた軍部の責任追及」については、

避けられた戦争を開戦に導いた者、敗戦に導いた者、終戦の努力を怠った者(例えば、杉山元、寺内寿一、東条英機、近衛文麿、松岡洋右等)が考えられ、正確な資料に基づいて、道義的な責任を追及すべきであるという議論があった。

出典:「敗戦直後の戦争調査会について」(国立国会図書館調査及び立法考査局、富田圭一郎,2013年1月)



などと、具体的な人物名を列挙して、その「敗戦責任」を問うという画期的なものであったが、この「戦争調査会」はGHQからの圧力によって1946年9月に廃止され、その結論は日の目を見ることなく有耶無耶にされた。「戦争調査会」の結論が占領政策批判に向かうことを恐れたGHQの思惑とも言われるが、「戦争調査会」解散の真実は定かではない。

しかし、「敗戦責任」をことさら個人名を挙げて追求しなくとも良い、という機運は、当時すでに鈴木貫太郎内閣に代わって組閣された東久邇宮稔彦内閣(1945年8月17日―10月9日)による「一億総懺悔」によって醸成され、また「東京裁判」によりあくまで連合国側の視点から「開戦責任」を問われたA級戦犯らに判決が下ったことでなにやら感情的幕引きがなされたことにも由来しよう。

または冷戦の進展によってアメリカの対日占領政策が転換されたことにより、「逆コース」に代表される戦前と戦後の「多くの人材の継続」によって、最終的に「敗戦責任」は骨抜きにされてしまった。よって現在、本来最も謝罪するべき対象である国民に対する「敗戦責任」の所在は、誤魔化されたまま、まもなく私たちは「戦後70年」を迎えようとしている。

・戦後70年だからこそ「受忍論」を超克した「敗戦責任」議論を

国家が主導した戦争に於いて、その惨禍の犠牲になった国民は、その悲劇を国家とともに受忍するべきである―。日本において為政者の「敗戦責任」が明確に登場しない根底には、すでに述べたような有耶無耶の空気感の上部に、この「受忍論」ともいうべき理屈が支配しているからだ。

この理屈は、例えば、1987年に名古屋空襲の被災者が国を相手取り損害賠償を訴えた裁判に明確である。「戦争で受けた被害については、国民は等しく受忍(甘受)しなければならない」として、最高裁が原告の上告を棄却して判決が確定した。要するに、「戦争の被害(敗戦)というものは、国民と国家が一心同体なのだから、両方被害者であり、また加害者なんである。よって国民は、政府の無為無策についてつべこべ糾弾する資格なし」というニュアンスの判決である。

この「受忍論」は、続く東京大空襲の被災者が原告となって国を訴えた2013年の訴訟、また大阪大空襲でも同様の訴訟が2014年に有り、それぞれ最高裁が原告側の主張(上告)を棄却して最終的に決着した。つまり、日本政府は「対外的」には謝る責を追うものの、肝心の国民に対しては、その責を負わない、というのが現在の司法の最高判断であり、これに政府も当然、影響を受けている。

だから戦後の節目に出される談話は、「対外的」な謝罪の有無にフォーカスした議論となり、肝心の「勝てると喧伝されて戦った国民に対する敗戦責任」「用兵や作戦の失敗によって死ななくても良い日本軍将兵が死んだ事についての反省」という問題の核心の輪郭がぼやけてしまう。

私にとって、中国や韓国への謝罪や反省よりも、まず軍民300万人を死に追いやり、その中でも作戦的・戦略的不備により多数の日本人将兵を死なせ、結果先の大戦に無残に敗北したことについての公式見解が、政府から聞こえない限り「戦後の総括」は出来ないと思う。

戦後70年という節目の年にあたり、インパール、ガダルカナル、レイテなどなど、日本軍の無為無策で多くの将兵を失った作戦的不備、軍事的失敗の総括と責任の所在を明確にすることこそが、その戦争への「痛切なお詫び」の橋頭堡となると考えるが、そのような声は、冒頭にあげた戦後70年談話有識者懇談会の中でもほとんど聞こえてこない。ほぼ唯一、

日本は、多くの兵士をろくな補給も武器も無しに戦場に送り出し、死なせてしまった。国民も空襲に晒されて大変な目に遭った。(中略)こうしたことを考えると、1930年代以後の日本の政府、軍の指導者の責任は誠に重いと言わざるを得ない。

出典:北岡伸一国際大学学長(座長代理) 3月13日第2回会合議事録発言



というのがあるが、この提起が「談話」に反映されるのかどうかは不明だ。日本国民はそろそろ、連合国による「東京裁判」で厳しく問われた「開戦責任」「戦争責任」ではなく、内側に対する、真の「敗戦責任」の議論に、軸足を移しても良いのではないだろうか。

あの戦争を、全否定するのでも全肯定するのでもない、多方面からの正確な敗戦分析。つまり幻に終わった「戦争調査会」を、もう一度復活させる時期に来ている気がするのは私だけではないはずだ。

※Yahooニュースより転載

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