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円安がもたらす国内所得分配への影響:「経済教室、円安と日本経済」の補足

本日6月30日付け日本経済新聞「経済教室」に「円安と日本経済」で拙稿が掲載されております。 主要点は以下の大きな見出しとポイントの通りです。

「(円安は)交易条件の悪化招かず
将来の円高回帰に備えよ

ポイント
輸出企業は円安でも量的拡大より採算重視
円安は長期的には続かずいずれ調整局面に
原油価格の下落が実質国民所得を押し下げ」


3000字、図一つという制約なので、盛り込めなかった点を以下ひとつ補足しておきます。

***

円安がもたらす国内所得分配への影響

この点は新聞紙面の本文では「円相場の変化は国内の所得分配にも影響を与えるので、円高や円安いずれでも行き過ぎた変動は望ましくない」と一行添えるだけの余裕しかなかった。

一番上の図は、企業の経常利益の対国民所得比率と名目実効円相場指数の推移だ。経常利益比率がすでにリーマンショック前の水準を超えてデータの利用可能な80年代後半以降で、かつてない高さに上昇しているのがわかる。

国内を企業部門、家計部門に分けると、円安は第1次的効果としては企業部門の利益を増やし、家計部門の実質所得を抑制する効果があるようだ。 なぜか?

家計が海外と直接に輸出輸入することは極めて僅少なので、ほとんど企業部門を通じて輸出輸入が行われている。

円安により企業部門の輸出分野は、外貨建て輸出からの円価収益が増える(円建て輸出でも価格引き上げの余地が生じるので価格を引き上げれば収益は増える)。その収益が家計部門に波及するルートは、①賃金増加、②雇用増加、③株式配当増加の3つが考えられる。 

しかし賃金増加は遅効的で、やはり遅効的な②の雇用の増加により労働需給がかなり逼迫してからでないと起こらない。しかも新聞紙面の本論で述べたように90年代以降の日本の輸出企業は量的な拡大よりも採算重視にシフトしているので、この経路の家計部門への波及は以前よりも一層遅効的となっていると考えられる。

③の株式配当の増加は、もう少し早く動いているようだが、配当は経常利益→最終利益からの分配なので、企業利益で見ると、配当による家計への分配前の状態を見ることになる。 

従って円安の一次的な効果として輸出分野の収益増加のほんとんどは、企業部門の利益増加となって現れる。

一方、輸入分野では外貨建て取引は円安は仕入れコストの増加が起こり、当然輸入部門はその分だけ販売価格に転嫁しようとする(円建て取引でも海外の輸出サイドに価格引き上げの動機が生じるので価格が引き上げられれば仕入れコストは増加する)。輸入部門の収益が円安でどの程度減少するかは、第1次的にはこの転嫁率に依存している。

仮に100%価格転嫁できるのなら、企業部門全体の利益は円安による輸出部門の収益増だけ増えることになる。また仮に50%前後の転嫁しかできないとしても、輸出入が概ね均衡しているならば、輸出部門の経常利益増加が輸入部門の同減少を上回る。転嫁率ゼロ%の場合のみ、輸出部門の利益増をほぼ輸入部門のその減少が相殺することになる。

実際の転嫁率は実証的に計測するしかないが、100%とゼロ%の中間のはずだ。その結果、円安の一次的な効果として、企業門全体の利益は増加し、家計への波及は遅効すると考えられる。

以上の推測が正しければ、過去に遡って、例えば円相場の変化(名目実効円相場指数の前年同月比を使用)と、企業部門の経常利益(法人企業統計の全産業除く金融・保険を使用)の国民所得に対する比率の間に、円安(円高)→経常利益比率上昇(低下)という相関関係が見られるはずだ。

まず2003-15年の期間でやってみたら(2段目の図)、決定係数R2=0.62と非常に高い結果が出た(有意)。 3段目の図は1994-2015年の期間、関係性は落ちるが、有意な結果だ。さらに1986-2015年で見ると有意な関係性は消えてしまう。 従ってとりあえずこれは1990年代以降に登場した関係性だと受けとめておこうか。

もちろん、企業部門の経常利益の変化は、円相場だけでなく景気全般の影響を受けている。そこで景気動向指数CI(先行)の前年同月比変化と、上記の名目実効円相場の前年同月比変化の2つを説明変数にして、経常利益の国民所得比率を重回帰した結果が4段目の表だ(対象期間:2003-15年)。

景気動向指数の先行指標を使用した理由は、一致指数には営業利益、遅行指数には法人税収入が含まれており、説明対象の経常利益と重複するデータ要素なので、それを避けたのである。

結果は両変数とも有意で決定係数0.68と高い説明度となった。

こうして見ると、アベノミクス・黒田緩和による円安が第一次的には(短期・中期では)、企業部門の利益増加を後押しする効果が顕著であり、賃金を通じた家計所得への波及は遅効しているという現状とその仕組みが明解になったと思う。

新聞紙面の本論で書いたように90年代以前の日本の輸出企業のように、もっと量的拡大志向が強ければ、雇用・賃金への波及ももっと迅速なものになったんだろう。交易条件と円相場の関係性が希薄化したのと同様に、これも企業行動が量的な拡大志向から利益率重視へシフトをした結果だろう。

しかしこれ以上の円安は不要だが、私は今の円安はけしからんとは思わない。「だから円安はけしからん」と思うのなら、政府が円買い・ドル売り介入でもすれば、市場参加者はびっくり仰天して、即座に円買い、日本株売りに動くだろう。しかしそれでは民主党政権時代の2012年までの円高・株安・デフレの3重苦の世界に戻ってしまうだけで、景気の回復も頓挫するだろう。

雇用情勢の改善は持続しているし、賃金への波及も遅ればせながら動き始めているので、ここは現状の政策スタンスを変えるべきではない。また企業経営者の方々には、配当を通じた企業部門から家計への所得還元も、もっと促進ほしいね。

追記:「配当を通じた企業部門から家計への所得還元も、もっと促進ほしい」というと、「それでは株式を沢山保有している金持ちばかりが潤う」と即座に口をとんがらせる方々がいるが、そういう方は以下の情報をご覧頂きたい。 https://www.43navi.com/column/detailkomimi.html?n=2111

引用:
「ビッグフォーの世界大手会計事務所KPMGインターナショナル(スイス)の「世界87ヵ国の所得税などの調査データ」によれば、日本の所得税と住民税の最高税率50%は世界第4位の高い税率だそうです。 トップはデンマークの59%、ついでスウェーデンが55%で第2位、オランダは52%で第3位にランクされ、日本同様、最高税率が5割を超える国々が上位にランクインしています。」

「年間所得2千万円超(各種所得控除前)の26万人(納税者の3.5%)は、所得税の約6割、3兆円強を納付しています。1人あたりでは、ざっと1,155万円強もの所得税を支払っているワケです。」

***
近著 「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
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