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「自主避難者の困難は誰のせい?」

 福島県が続けてきた、原発事故に伴う県外への自主避難者への住宅支援。これが2016年度いっぱいで打ち切られるということで、自主避難を行っている人たちが抗議をしているようだ。(*1)

 さて、福島県内における子どもたちの外部、ならびに内部被曝の問題は、震災以降の様々な調査により、健康被害が出るようなレベルのものではないことが、科学的根拠において明らかになっている。

 震災後の数年は「まだ分からない」「問題があるかもしれない」と主張することにも妥当性はあったが、大半のことがハッキリした以上は、もうそうした曖昧な態度は許されない。そのことは震災に関わる全ての人たちにかかってくる。その1つが自主避難者に対する住宅支援の打ち切りなのだ。

 しかしそうした事態の変化を踏まえず、自主避難者側の認識が未だに震災直後の「分からない」とか「怒り」という情緒でしかないことに驚く。確かに震災直後に自主避難者を含む避難者たちは「悲劇の主人公」として扱われた。しかし、それが騒ぎ過ぎであったことが明白となった今、避難者たちはもはや「普通の国民」にすぎない。いつまでも震災直後の不幸を背負った存在であるかのように演じ続け、普通の国民が得られない権益を得ようとすれば、そこに批判が殺到するのは当然の話である。

 しかしそれでも、自主避難者たちは悲劇の主人公を演じ続けるしかない。それはなぜか?

 自主避難者たちがどうしても「悲劇の主人公」を演じ続けなければならないのは、自主避難者たちがつながっている運動体が「原発事故の代償としての支援」という形でしか支援を求めなかったからだ。

 「あれほど大きな事故が発生したのだから、法的根拠を飛び越えて、政府指示ではない自主避難者にもお金を出すべきだ」という、震災直後においてはそれなりに説得力があり、人道的な判断においても妥当であったといえる。

 しかしながら、それはあくまでも「特例」だ。特例はその事情が変わればすぐにでも解除されるし、また解除されるべき状態である。本来であれば、こうした特例をうまいこと、特例でない常態的な支援に切り替えていくべきだった。しかし自主避難者やその支援者たちは、そのための論理構成を怠ってきた。いつまでも「震災被害者」であるということだけで、世間に通用し続けると思っていたのだろう。

 彼らの論理では、放射性物質で汚染された福島は「一生、人が住めない土地」であり、その特権はそのまま常態化するはずだった。しかし、地道で科学的な調査がそうした偏見を払拭し、福島県内の大半の地域において、その被曝量は国内外の他の土地とさほど変わりはしないという現実を浮かび上がらせた。

 自主避難者は特例によって救われているから、その特例を意地でも「常態化」しなければならない。現実を無視して、さも福島に帰ることが危険であると主張しなければならない。だからこそ未だに「福島に帰れば子供が病気になる」とか「自殺しろってことですかね」などという、なんら事実と結びつかないあまりに雑で、あまりに空疎な言葉を連ねるしかなくなってくるのだ。

 この記事を書いた田中龍作氏は、自主避難者たちの言葉を「その支援者」たちの思惑通りに受け止めているようだが、僕にはこんな三文芝居をさせられる自主避難者たちに憐れみしか感じない。

 「ハウジングファースト」という言葉がある。
 ホームレス支援においては、まずはなにはなくとも住宅を支援することが重要であるという意味の言葉である。定住地が決まれば、行政の窓口へもアクセスしやすくなるし、自分の居場所の存在が自立への取っ掛かりになる。これはホームレスでなくても同じで、自分の家や部屋に安心して住み続けられるという前提こそが、人々の生活には必要不可欠である。

 しかし、日本は住宅支援というものが決定的に不足している。「衣食住」と人が生活するために必須なものであるとされるが、住宅に対する政府や行政からの支援というのは住宅ローンと生活保護以外はないに等しい。圧倒的に足りない公営住宅なども、その部屋のほとんどが両親と子供という、標準的な家族をモデルとした構成ばかりで、貧しい人ほど住宅支援にありつけないという状況が続いている。

 もし、被災者云々にかかわらず、単身者やシングルペアレントであっても、というか誰であっても住宅支援が受けられる仕組みがあれば、わざわざ「福島は危険だから避難させろ」などという無理な要求を続ける必要もない。

 僕は本来は、自主避難者たちの支援者も、こうした考え方に基づき、自主避難者のみならず、震災関係なしにより多くの人に住宅支援を与えるような提言にシフトしていくべきであったと思う。しかし、彼らは自主避難者の困難が反原発運動の支えになるということに価値を見出し、放射性物質の害を叫ぶということにばかりこだわってしまい、放射能の恐怖に震える自主避難者と、家を持てない人や、家を持ち続けることが困難な低所得者を分断してしまった。そうした状況で「自主避難者は特別なのだから、住宅支援を」と叫んでも、理解が得られるとは思わない。

 つまり、自主避難者の困難の責任は行政にあるのではなく、論理的なロジックを構築する努力を欠き、自主避難者の存在を反原発運動のために利用し続けてる、支援者の側にあるのである。

 そこには当然、反原発運動の取材を飯の種とするジャーナリストも含まれる。彼は自ら自主避難者を利用しながら、それに同情的な態度を示すということの、そのとてつもない醜悪さに、いつ気づくことができるのだろうか?

*1:原発自主避難 危ぶまれる住宅支援「お母さん、ここを追い出されるの?」(BLOGOS 田中龍作ジャーナル)

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