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“手乗り家畜”昆虫が拓く養殖ビジネスの展望 - 水野壮/NPO法人食用昆虫科学研究会

今年の大学一般入試の志願者数で、近畿大学が2年連続で全国1位になった。同大の広報担当者は、「近大マグロ」の効果が一役買っているのでは、と述べている。

「近大マグロ」は、卵から成魚まですべてのライフサイクルを人工管理する、近畿大学発の完全養殖技術で育てられたクロマグロだ。日本人の魚介類に対する熱い思いが良くわかる一面といえるかもしれない。

近大マグロ以外でも、我が国では世界に先駆けて東京大学海洋研究所の研究グループらがニホンウナギの生態を解明し、完全養殖を実現している。このことはテレビや新聞でも盛んに取り上げられた。

完全養殖が注目を浴びているのは、今後好物の魚が食べられなくなるのではないか、という人々の不安の裏返しかもしれない。ウナギやマグロだけでなく、世界全体の漁業生産量はここ20年以上頭打ちになっている。一方で人口の増加とともに需要は増えているため、天然資源だけでなく、養殖によって生産量を上げているのが現状だ。

近大マグロ

近大マグロ(近畿大学水産研究所にて)

飼料としての昆虫養殖

昨年、世界銀行と国連食糧農業機関(FAO)らが作成した報告書「2030年までの漁業と養殖業の見通し」では、養殖による生産量は順調に伸び続け、2030年には世界の食用魚の62%が養殖で生産されると予測している。

このような中、養殖にかかるコストは大きな問題となってくる。特に問題とされるのは、飼料のコストだ。配合飼料の主原料となる魚粉の価格は、世界的な需要の増加などにより高騰を続けている。魚粉を輸入している養殖漁家に対し、政府は毎年補助金を出し続けているのが現状だ。

そこで、魚粉の代替飼料として期待できるのが昆虫である。ここでは、世界中で広く養殖されているカイコやイエバエを例に挙げることにする。

カイコは絹織物の副産物として

2013年に国連食糧農業機関(FAO)から発行された報告書「食用昆虫‐食料および飼料の安全保障に向けた未来の展望」(以下FAO報告書)によると、コロンビアやインドの絹織物業に利用された後のカイコの蛹や糞は、家畜の飼料として利用されている。

魚粉の代わりにカイコを飼料として鶏に摂取させた場合、飼料の摂取や体重の増加具合を調査しても、魚粉と遜色ない効果が得られることが報告されている。さらに、鯉の飼料としてカイコの蛹を与えると、魚粉よりも体重の増加が大きくなったという報告もある。

カイコ(Wikipediaより)

カイコ(Wikipediaより)

戦時中にわが国で出版された尾崎準一著「蚕糸化学と副産物利用」を見ると、養蚕業が盛んであった当時はカイコの糞を飼料として利用する研究が熱心に行われていたことがうかがわれる。

これによると、カイコの糞のタンパク質含量は大豆粕よりは劣るものの小麦、大麦、米ぬかより高いとしている。また、白色の繭を作るカイコは食草である桑の葉に含まれるカロチノイドを糞中に排出するため、このカイコの糞を鶏に飼料として与えると卵黄の着色効果をもたらすという。

カイコは古くから絹を生産する昆虫として特化されているため、飼料のみへの活用には向いていないかもしれない。絹織物生産で生じる副産物として、蛹や糞を活用するといった形が望ましいように思われる。

ちなみに、カイコの蛹や成虫は佃煮などにして食用にする文化もある。味は草の香りが強く癖があるので好みが分かれるところだ。蛹は燻製にするとスモークチーズのような味わいになる。

イエバエは繁殖力が高く飼育コストも低い

イエバエは繁殖力が高く発育期間も短いことから、各国で飼料として利用されている。イエバエを混合した飼料で育った鶏はタンパク質変換効率が向上するとともに肉や卵の質が向上したという報告もある。

日本では2012年に養殖魚の飼料や飼料添加物として昆虫の活用を検討していく、愛媛大学発のベンチャー「株式会社愛南リベラシオ」が設立されている。

愛南リベラシオの代表取締役井戸篤史氏らの研究によると、イエバエの蛹・フライミール®を飼料として利用した際、マダイやウナギの稚魚といった養殖魚の摂食促進や耐病性の向上がみられたという。

「持続的な水産養殖の実現には、昆虫飼料によって育てた魚を消費者が積極的に購入するようになってもらうことが必要」と井戸氏は語る。環境に大きな負担をかけず、地域社会にも配慮した養殖魚は、水産養殖管理協議会(ASC)が認証を行っている。

消費者がこの認証ラベルを見て製品を選べば、消費者が持続可能な水産物の取り組みを後押しすることができる。愛南リベラシオの井戸氏は、昆虫による養殖はASCの趣旨と合致するものだと述べている。現在、昆虫生産のパイロット工場の導入を計画しており、ゆくゆくはASCの認証も目指していく予定だ。

イエバエ蛹添加飼料で育てたマダイ(写真上)の方が、従来の飼料で育てたマダイ(写真下)より体色が良好だった(提供:株式会社愛南リベラシオ)

イエバエ蛹添加飼料で育てたマダイ(写真上)の方が、従来の飼料で育てたマダイ(写真下)より体色が良好だった(提供:株式会社愛南リベラシオ)

南アフリカに拠点を置くAgriprotein社は、イエバエ幼虫を加工したMagMealTMという飼料用の商品を開発している。

同社によれば、イエバエ飼料を活用すると農業用地および化石燃料の使用を削減できるとし、飼料1トンあたり2500ドル以上の削減につながるという。昨年よりケープタウン近郊で大規模なハエ養殖施設を建設しており、3月には稼働予定である。1日22トンのハエ幼虫を生産することが可能で、ハエ幼虫1匹25ミリグラムと考えると、1日約70億匹以上のハエを生産することになる。

イエバエ以外にアメリカミズアブを利用する会社もある。アメリカミズアブは体長2センチ程度の全身黒色のアブで、日本でもコンポストや生ごみから発生する昆虫である。

アメリカのEnviroFlightという会社では、食品廃棄物等で育ったアメリカミズアブ幼虫を魚や家畜の飼料として利用する一方、幼虫から排出された糞は肥料として活用する。また、前述のFAOの報告書によると、ニジマスの飼料の魚粉25%と魚油38%相当をアメリカミズアブに置き換えることが可能であるとしている。

イエバエは高効率のタンパク質生産工場

カイコとイエバエの特性の比較をしてみると、表1のようになる。両者をタンパク質生産工場として考えると、どちらの効率が良いだろうか(表1)。カイコはイエバエより大型の昆虫であり、タンパク質含有量も高い。しかし、長期で見ると発育期間の短いイエバエがカイコを圧倒する。

表1.カイコとイエバエにおける生産効率の比較(三橋淳「昆虫食古今東西」より改変)

カイコは桑の葉や専用の人工飼料で飼育しなければならない。一方、イエバエは雑食性なので食品廃棄物や動物の糞などでも飼育することが可能である。このように昆虫をタンパク質生産という観点で見ると、イエバエの優位性が目立つ。昆虫種によって養殖の目的は異なってくると考えるべきであろう。

食用としての昆虫養殖

昆虫が家畜の飼料として活用されつつある一方、人間の食材として昆虫を養殖する試みも盛んに行われている。特に食用昆虫として養殖が進んでいるのはコオロギだ。

コオロギ養殖の研究をしている高松裕希氏によれば、タイでは15年ほど前より世界に先駆けて食用コオロギの養殖が始まり、他の農業とコオロギの養殖を営む兼業農家が多数存在している。農家はコンケン大学と協力しながらコオロギの商品に関するアイディアを生み出しているという。

また、ラオスの大学ではFAOの支援のもと、コオロギ養殖の研究が進められている。さらに、ヨーロッパにおいてもフランスのKIBO社が食用コオロギの商品化を進めている。

コオロギの中でも養殖に用いられているイエコオロギ(Acheta domesticus)に関しては鶏肉、豚肉、牛肉の生産コストと比較した報告が多数ある。イエコオロギ1 kgを生産する際に必要な飼料を家畜と比較すると、鶏では2.5 kg、豚では5 kg、牛では10 kgの飼料が必要であるのに対し、イエコオロギの場合は1.7 kgですむ(図1)。

さらに、可食部のみで換算するとイエコオロギは脚(体重の17%)と難消化性のキチン(同3%)を除いた体重の80%が可食部であることから、可食部の飼料変換効率は鶏肉の2倍、豚肉の4倍、牛肉の12倍程度高いことになる。

この大きな飼料変換効率の差が生じる原因は、恒温動物である家畜と比較して昆虫が体温維持にコストを割かない変温動物であることが大きいと考えられる。

図1.家畜肉とコオロギの飼料変換効率 [水野壮(生物科学, 2015)より]

図1.家畜肉とコオロギの飼料変換効率 [水野壮(生物科学, 2015)より]

家畜と昆虫の排出する温室効果ガスの比較

人間の経済活動で生じる温室効果ガス排出量のなかでも、家畜の放出する温室効果ガスは高い割合を占めている。持続可能な畜産業として昆虫を大規模に生産していく際は、温室効果ガスの放出量も考慮する必要がある。

オランダのワーゲニンゲン大学のDenis Oonincxらは、体重を1 kg増加させるのに必要な温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算)を繁殖力の高い昆虫5種で計測し、豚や牛と比較した。その結果、昆虫5種中4種は豚や牛と比べて低いことがわかった。

昆虫はライフサイクルの短さも大きなメリットと言える。牛や豚は発生からそれぞれ30か月、6か月程度で出荷されるが、イエバエなど成長の早い昆虫は1週間、カイコ等では1か月程度で成虫まで成長する。このため、出荷までの飼育期間は非常に短い。

出荷までの日数が短期間でかつ温室効果ガスの放出量も少ない場合、出荷する個体をすべて含めた総体重あたりの温室効果ガス放出量は、牛や豚と比較してかなり低く見積もることができるはずだ。

ただし、昆虫養殖の際には温度維持にかかるコストがネックになる可能性がある。変温動物のメリットが温度管理にかけてはデメリットとなる。環境負荷の程度は、養殖する環境によって変わってくることは注意が必要だ。

持続可能な昆虫養殖モデル――防除の対象から積極的な機能利用へ

昆虫は飼料としての用途だけでなく、従来の農畜産業・漁業と組み合わせた持続可能な生産活動を行うことが期待できる、高機能なバイオ工場だ。

イエバエやアメリカミズアブなどの雑食の食植生昆虫は、農作物の残渣を有用なタンパク質に変換する。一方、雑食でない昆虫も特定の食品廃棄物をコントロールしたい時に有用である。雑食系とは違いトレーサブルな生産物であることも利点となる可能性がある。

神戸大学大学院の佐伯真二郎氏は、サツマイモの収穫時に出る農業残渣の処理を昆虫に担わせることを考えている。「鹿児島県においてサツマイモの葉や茎の残渣は年間約37万トンに上り、現在もこの資源の有用な活用方法が課題となっている。サツマイモの葉を食べる害虫エビガラスズメをうまく活用すれば、良質で安全なタンパク質に変換することが可能だ。害虫とはいえ、見方を変えれば有益な昆虫となる。

植物の生葉を高品質な動物性タンパク質へ変換する植食性昆虫の利用が、ひとつの技術革新になると考えている」と述べている。ちなみに、エビガラスズメは大振りで食べ甲斐があり、茹でてポン酢で食べると豆腐のように濃厚な味だという。

昆虫が排泄した糞はさらに肥料として利用することも可能だ。前述のAgriproteinやEnviroFlightでは飼料だけでなく幼虫から排出された糞を良質な肥料として販売している。また、高松氏によれば、タイのコオロギ養殖農家は、コオロギの排出された糞も農作物の肥料に利用しているという。カイコの糞の場合は「蚕沙」として漢方に利用されるなど、医薬品として利用できる可能性もある。

図2.持続可能な昆虫利用モデル [水野壮(生物科学, 2015)より改変]

図2.持続可能な昆虫利用モデル [水野壮(生物科学, 2015)より改変]

魚の養殖技術は、豊かな食生活を維持していくための一つの手段である。昆虫は、私たちの食卓へウナギやマグロを運び続ける優れた黒子であると同時に、自らも食卓に上り、一層豊かな食生活を与えてくれる存在になる可能性がある。

これまで昆虫は人間にとって有用な機能が知られながらも、カイコなどの一部の昆虫を除き家畜化がなされてこなかった。今後は魚類や家畜の飼料、人間の食料としてより適した品種が生まれてくる可能性がある。

昆虫養殖業の発展には、食用昆虫の品種改良技術と飼育技術が欠かせない。応用昆虫学の分野では、すでに様々な昆虫の飼育方法をはじめ、生理機能や遺伝子改変に関する知見の蓄積がある。

これらの豊富な研究成果の生かされる先は、これまでの“昆虫を排除する”害虫防除への利用から、“昆虫を積極的に活用する”昆虫養殖業へと広がっていくことが考えられる。昆虫が小さな「手乗り家畜」となっていく未来に大いに期待したい。

水野壮(みずの・ひろし)

NPO法人食用昆虫科学研究会

食用昆虫科学研究会会員。農学博士。日本科学未来館勤務の後、麻布大学教育推進センター職員、フェリス女学院大学非常勤講師及びサイバー大学特任講師。2009年に内山昭一に出会い、昆虫食の可能性に開眼。三橋亮太らとともに食用昆虫科学研究会を立ち上げる。「ニコニコ超会議3」、「サイエンスアゴラ」等の様々なイベントで昆虫食普及活動を行っている。食用昆虫科学研究会(e-ism)http://e-ism.jimdo.com/

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