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日本は、いい話への耐性が低い社会である

 TBSラジオで放送中の「荻上チキ・Session-22」に、作家であり、偽史などの研究家である『江戸しぐさの正体』の著者、原田実さんが出演していたので聞いていた。(*1)

 江戸しぐさとは、芝三光という人物が、江戸商人の間で口伝として伝えられてきた「しぐさ」を集めたものと主張するものである。

 メディア的には2004年の公共広告機構のCMに使われて一部で話題となり、今では道徳の検定教科書や道徳の副読本にも登場している。

 僕も過去に眼光紙背の記事で、江戸しぐさを扱った事がある。(*2)

 この時にも論じたように、江戸しぐさとは、江戸という過去の権威性を、道徳の押し付けに利用しているものにすぎない。

 しかし、当時の記事で比較に出した「水からの伝言」がすぐに下火になったのと対称的に、江戸しぐさは教育の場などに普及し、また、ネクスコ東日本が羽生パーキングエリアに、鬼平犯科帳と江戸しぐさを扱った商業施設を設置するなど、ずいぶん勢力を増してしまっている。

 さて、江戸しぐさの怪しさについては、僕の過去の記事を読んでもらうとして、ラジオ番組中で原田は「日本人はいい話に対する耐性が低い」という論旨の発言を行った。つまり、江戸しぐさが偽史であることがいくら指摘されても「そんな固いことを言わずに」的なごまかしが通用してしまうということだ。

 僕はこのことは、江戸しぐさに限らず、過去から未来に渡るまで、日本を問題の多い国で在り続けてしまう問題の、一番の原因であると考える。

 それこそ「子供を守る」というお題目が、犯罪に対する厳罰化や性的な表現の排除、さらには震災被災地に対する無責任な差別的言説などと、その問題点の指摘無きまま、無闇に広がってしまうのも、こうした「いい話」というお題目に対する耐性が低いからであろう。

 そしてそれは「お国のために」とか「八紘一宇」という錦の御旗の元に、侵略戦争を是とした戦中日本人の態度そのものである。

 他にも、環境改善の効果が科学的に認められないまま「環境改善のために」と多くの河川に放り投げられている「EM団子」なども、こうした「いい話」に対する耐性の低さを表す事例だろう。あと、教師の労働時間を泥棒しながら続けられる部活動もそうか。例を挙げればキリがない。

 本来、世の中に「絶対的にいいことばかりの行為」というのは、極めて少ないはずだ。多くの善良な行為は、一方で何らかの問題点を抱えていることが大半である。例えばボランティアにしても、一時的な扶助であれば問題はないが、これが継続的に必要と決まった時に、本来であれば賃労働に切り替えて専従させることにより、スキルなどを蓄えて、また後継者を育てていくべき必要があるはずなのだ。

 にも関わらず、「これまでボランティアで済んだのだから、これからもボランティアでいいだろう」として、結局はボランティアを口実とした、単なる労働力の搾取になってしまっているようなことはたくさん存在している。

 それは決してボランティアをさせる側だけの論理ではなく、ボランティアとして働く側ですら「自分たちが納得しているのだからいいじゃないか」という論理で、これを肯定してしまう。こうして仕事は無償労働にすげ替えられ、多くの同様の仕事がボランティアベース、もしくは低賃金労働であることを前提に用意されてしまう。

 今の日本には多くの「いい話という旗印」が蔓延している。

 お国のために、社会のために、学校のために、子供たちのために、地域のために。

 その一方で「それが本当に、そのためになっているのか?」という検証については、多くの人が口を閉ざしている。または「空気を読め」「余計な指摘をするな」と、まるで批判をしている人が、そのためになることを考えずに、わがままを言っているかのような反発を受けてしまう。

 これはやはり、日本人の多くは「善意」と「より良いこと」の区別がついていないということなのだろう。

 「善意は必ず良いことである」という前提を無批判なまま受け入れ、善意を権威に仕立てあげる。そして権威は当然自らの功績を「正しいこと」として喧伝する。

 この喧伝は、決して誰かが意図的に行うのではない。ただ「善意で行ったのだから、その結果は良いことであるはずだ」という思い込みが強い社会であればあるほど、そう考えることを「空気」として強要されるのである。

 こうして、個人の持つ善意は「善意に対する安易な承認」として消費され尽くしてしまう。善意があるからこそ、問題点を指摘して、よりよく作り変えていくことが必要なのだという考え方、つまり「いい話の検証」という考え方は、今の日本では余り通用しない。

 そのことが、これだけ問題点が明確に指摘されている江戸しぐさが、大した批判も受けずに、世の中に広まっている現状に繋がっている。

 たかが江戸しぐさではあるが、江戸しぐさ程度のことすらまともに批判できない人たちが、もっと世の中の重大で、かつ単純な正しさでは論争できないような入り組んだ事例に対して、まともに対応できるとは思えないのだ。

 この原田の指摘は、今のいびつな日本社会にとって、極めて重要な指摘であると言えよう。

*1:荻上チキ・Session-22│2015年04月02日(木) 「『江戸しぐさ』は、本当に日本の伝統なのか?」(検証モード)(TBSラジオ)
*2:【赤木智弘の眼光紙背】江戸しぐさって、本当にあったの?(Blogos)

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