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ハンセン病差別によって埋もれた作家「北條民雄」が描いた「“いのち”として存在させられるということ」

「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのちそのものなんです。僕の言うこと、解ってくれますか、尾田さん。あの人達(※引用者注:ハンセン病の患者たち)の『人間』はもう死んで亡びてしまったんです。ただ、生命だけがぴくぴくと生きているのです。」(北條民雄『いのちの初夜』勉誠出版、2015、p.49より引用。初出は1936年「文學界」2月号※1)
北條民雄、『いのちの初夜』、勉誠出版、2015年
ここに書かれた文章は、文学青年として活躍しながら20歳でハンセン病を発症し、23歳で結核のため夭逝した作家、北條民雄(ほうじょう・たみお)の『いのちの初夜』から引用したものだ。

彼の文章からは、ハンセン病として生き、不当な差別を受けながら亡くなっていった人たちの「いのちの存在」が、ありありと迫ってくる。読んでいると、胸をえぐられるような感情に襲われるが、目を背けることができない。





90年代後半まで残っていたハンセン病患者の強制隔離

毎年1月の最終日曜日は、「世界ハンセン病の日」だ。ハンセン病は、人類の歴史上もっとも古くから知られる病気のひとつだが、1980年代に治療法が確立されるまでは、世界各国の政府から「隔離」、「断種」(避妊手術)などの対象とされてきた。

日本も例外ではなく、1953年にはハンセン病患者を隔離する「らい予防法」が成立。患者たちは社会的な労働を禁じられ、療養所入所者は外出を禁止された。「らい予防法」は1996年に廃止されたが、2001年に違憲判決が出るまで、ハンセン病患者に対する「差別」は正当化されてきた。現在も、社会的な差別をおそれ、施設から出るのをためらう入所者は多い。

今回は、「世界ハンセン病の日」合わせて開かれたイベント、「文学でみるハンセン病~川端康成に支えられた作家、北條民雄について語る~」(2015年1月30日)を通して、「ハンセン病」と、人間が「生命としてあること」について考えてみたいと思う。

没後80年を経て蘇る川端康成も評価した才能

冒頭に引用した「いのちの初夜」を著した北條民雄は、1914年生まれ。徳島県育ちで、15歳で上京、夜間学校に通うかたわら、友人たちと同人誌を起こすなど、精力的に活動していた。結婚もしたが、19歳でハンセン病の疑いが出て離婚。その後は、多摩の全生病院(現・国立ハンセン病療養所多摩全生園)で執筆を続けた。川端康成の手を借りて世に送り出された著作「いのちの初夜」は、1936年に文学界賞を受賞している。川端と北條民雄は、手紙のやり取りがあり、食事を共にしたこともあるという。

イベント当日は、北條民雄の生涯を綴ったノンフィクション作品、『火花 』の作者、高山文彦氏が講演した(写真)。彼によると、川端の友人だった志賀直哉は、すでにハンセン病を発症していた北條自筆の原稿用紙を見て、「病気が伝染るのではないか」と、川端宅から逃げ帰ったという。文豪、志賀直哉すら恐れたハンセン病。すさまじい差別の中、川端康成がなぜ、北條民雄との交流を続けたのかは分からない。が、川端はのちに、「彼が生きていたならば、私より先にノーベル文学賞を受賞していただろう」と、北條民雄を改めて評価している。

北條民雄についてまとめた作家、高山文彦氏
2014年、北條民雄の死後80年近くがたって、ようやく本名の「七條晃司(しちじょう・こうじ)」が公表された。

北條はハンセン病と分かった時に「戸籍」を抜かれていたため、「存在しない人」「幻の作家」とされていたのだった。存命の親戚すら、作家・北條民雄の存在を知らなかったという。

隔離された患者たちの「むき出しの生命」

冒頭の物語に戻ろう。イベントでは、俳優の原田大二郎さんが「いのちの初夜」の最後部を朗読された。

「いのちの初夜」を朗読する原田大二郎氏
主人公の「尾田」は、23歳。ハンセン病の宣告を受けたあと、幾度か自殺を試みるが死にきれず、覚悟して施設へと向かう。そこで見たものは、隔離された患者たちの「むき出しの生命」とでもいうべき姿だった。

入院初日、看護師らに「消毒しますから……」と言われ、尾田は薄汚れた脱衣所で裸になる。「薄白く濁った湯」に浸かった尾田は、強い怒りと悲しみ、嫌悪感に襲われる。入浴後は、「小学生にでも着せるような袖の軽い着物」を渡され、着替える。いくばくかの手持ちの金銭は、施設内で流通する「金券」と交換された。
「恐らくはこの病院のみで定められた特殊な金を使わされるのであろうと尾田はすぐ推察したが、初めて尾田の前に露呈した病院の組織の一端を掴み取ると同時に、監獄へ行く罪人のような戦慄を覚えた。」(p.17)
治療法が確立されていなかった戦前、尾田が目にしたハンセン病患者たちの姿は、「奇怪な貌」「不気味なもの」として感じられた。そんな尾田の世話人は、「佐々木」という同病の男性。彼はもう5年、この病院にいる。目がどんどん見えなくなっていく佐々木は、懸命に何かを表現したいらしく、夜な夜な文章を書いている。物語は、この「佐々木」と、尾田との会話を中心に進んでいく。

ある夜、佐々木は、悪夢を見て起きてきた尾田に、「眠れないのですか」と声をかける。背後には、「ああ、ああ、なんとかして死ねんものかいなあー」と唸る患者の声が響いている。

佐々木は尾田に、「あなたは、あの人達を人間だと思いますか。」と問いかける。尾田は佐々木の意図が分からず黙ってしまう。

尊厳を奪われ「生命そのもの」として生きたハンセン病患者たち

佐々木は言う。「ね尾田さん。あの人達は、もう人間じゃあないんですよ。」「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのちそのものなんです。僕の言うこと、解ってくれますか、尾田さん。あの人達の『人間』はもう死んで亡びてしまったんです。ただ、生命だけがぴくぴくと生きているのです。」(前掲書、p.49)
入院患者たちは、社会から隔離され、人間としての尊厳を奪われている。彼らはただ「生命」として生かされている。「生命だけが、ぴくぴくと生きている」。これが「人間」の、本来のあり方だろうか。「生命」だけになって、それでも生きている「人間」を前にして、私たちは言葉を失う。佐々木は、たたみかけるように続ける。
「誰でも癩(らい)になった刹那に、その人の人間は亡びるのです。死ぬのです。社会的人間として亡びるだけではありません。(中略)廃兵ではなく、廃人なんです。けれど、尾田さん、僕等は不死鳥です。新しい思想、新しい眼を持つ時、再び人間として生き返るのです。」(前掲書、p.49)
佐々木は、ハンセン病として生きる患者たちを、「新しい人間、今までかつて無かった人間像」として表現したいと考えていた。その哲学を必死に、ノートに書き付けているが、佐々木にはその「新しい人間像」を表現するだけの才能が(おそらく)ない。さらに、佐々木の目は、病によって、ほとんど見えなくなっていた。

佐々木は、尾田に「ハンセン病として生きるとはどういうことか」を、しつこいほどに問いかける。病院内で当直を勤め、「どんなに痛んでも死なない」(前掲書、p.47)患者たちの下の世話をこなしながら、佐々木は「人間の条件」について思考を巡らせる。そうして「新しい人間像」について考え、書くことが、視力を失いつつあった佐々木の、生きる目的になっている。

「ハンセン病としての人間像」に抗い、仁王立ちしてみせた北條民雄

イベントでは、作家の高山文彦氏と、「いのちの初夜」を朗読した俳優の原田大二郎氏、北條の出身地である徳島県阿南市の市長、岩浅嘉仁氏、阿南市の光明寺住職の浅川雄康氏、日本財団会長の笹川陽平氏を交えたパネルディスカッションが行われた。

パネルディスカッションの様子
作家の高山氏は言う。「北條民雄の『いのちの初夜』を読むと、他の小説が“へなちょこ”に思えるほどの衝撃を受ける。おそらく北條は、ハンセン病患者に“なりきれずに”死んだのだと思う。彼は、夜な夜な日記をつけ、自らの思いを記録していた。『書かなければ、逃げられない』というような思いがあったのだろう。彼は、たった1人で『ハンセン病という人間像』に抗い、仁王立ちしてみせたのではないか」(高山文彦氏)

差別は「自分が上に立ちたい」という心から生まれる

社会問題にも関心の高い、俳優の原田大二郎氏は、10年以上にわたり、大学で朗読を指導している。原田氏は、「北條民雄の作品を読むと、命がかかっていない文学は、文学たりえないと感じる」と語った。

北條の出身地、徳島県阿南市の市長、岩浅嘉仁氏。地図を見せて、阿南市とハンセン病の関わりについて説明
「僕は以前、インドでハンセン病患者と向き合った際、その手に触れるのをためらってしまった。どうしても、彼らを『普通に』見ることは難しかった。差別は、自分の心にも根深く存在している。その心は、『対象を自分より劣ったものとみなす心』だ。自分が『上』だと確認したいという心が、差別のきっかけをつくる。その差別心に打ち克つには、相手の立場になって考える『想像力』しかないのではないかと思う」(原田大二郎氏)

「いのちの初夜」では終盤、佐々木が、ハンセン病患者として「苦しむためには才能が要る。苦しみ得ない人もいる」と嘆く。佐々木は病院内で、人間としての尊厳を奪われた患者らを世話する中で、患者たちの「言語化されない苦しみ」を見ていた。佐々木の言葉に、尾田は何も言い返すことができない。しかし、彼はそれでも「やはり生きてみることだ」と強く思う。物語はそこで終わる。

20歳でハンセン病を発症した北條民雄も、文学を通して、ハンセン病患者としてではなく「人間」として限界まで生きてみようと決意したのではないか。彼の文章が私たちの心を打つのは、ハンセン病という「社会的な病」が、「人間」としての条件を突きつけるからだ。「人間の条件」が社会によって一方的に定義され、ある集団の人権を奪ってきた歴史がある。差別は今も続いている。ハンセン病の歴史を知ることで、私たちは、「不平等」が社会そのものによって生み出され、人々の意識を歪ませることの脅威に、改めて気づくのである。

※1.旧仮名遣いを一部、現代仮名遣いに変更しています

(取材協力:日本財団)

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