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昆虫は痛みを感じているか?――小さな「手乗り家畜」の動物福祉 - 水野壮

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脚を切除されたバッタは、足をかばったり負傷した部位を保護するような振る舞いはしない。一見通常通り飛び、歩行を続ける。また、オスのカマキリは交尾をしているメスに自身の体を食べられながらも相変わらず交尾を続ける。

このように、昆虫は身体部分の除去や損傷をしても、歩行・飛翔・摂食・交尾といった動作を(少なくとも傍目からは)通常と変わらず継続し続けることがある。これは、脊椎動物が痛みに対して反応するふるまいとは大きく異なり、昆虫が痛みを感じていないことの根拠の一つとされてきた。

しかし、カマキリの羽や脚を切除しようとすれば、あたかも痛みを排除するかのように攻撃的になる行動が見られる。草食性のバッタでもカマキリなどに食べられる際は手足や触覚をバタつかせ、もがき苦しんでいるようにも見える。

獲物を食べるカマキリ

獲物を食べるカマキリ

筆者が所属する「食用昆虫科学研究会(e-ism)」は、昆虫食を科学する研究会である。昆虫を殺して調理する際にどう昆虫に配慮すべきか、ということも考える。昆虫を苦しませずに殺すには、高熱の油で一気に揚げるべきか、あるいは低温や低濃度の炭酸ガス下で麻痺させた後調理するべきか。しかし、そもそも昆虫は本当に痛みを感じているのかという疑問もわく。調べてみるとどうやら事は単純ではなさそうだ。

昆虫をはじめとする様々な食材への抵抗感を考えるワークショップ(e-ism主催、サイエンスアゴラ2014にて)

昆虫をはじめとする様々な食材への抵抗感を考えるワークショップ(e-ism主催、サイエンスアゴラ2014にて)

「痛いと感じる」とは?

近年の研究で、昆虫は痛みに関わる刺激を検出していることが明らかになってきた。アメリカの神経生物学者ミリアム・グッドマンらは、2003年にショウジョウバエの表皮細胞に接続する神経細胞(ニューロン)が、熱や圧力といった刺激に反応することを明らかにした。さらに、この刺激を受け取る「受容器」は哺乳類においても存在していることが分かった。

これに対し、イギリスの動物行動学者ロバート・エルウッドは、この受容器の存在は痛みを知覚している証明にはならない、と述べる。受容器は、ある刺激を検知できるかどうかを示しているにすぎない。その刺激源に対して「痛いと感じる」「苦しむ」機能は受容器ではなく、脳であるからだ。

つまり、こういうことである。ヒトや昆虫には、脳から伸びる一本の太い中枢神経と、そこから無数に体表面へ伸びる末梢神経がある。まず物理的圧力や熱、有害な化学物質、寒さなどの身体に損傷を及ぼす刺激が、痛みの刺激として皮膚や内臓に接続するニューロンの末端で受容される。受容された刺激は神経線維を通して中枢神経に到達し、最後に脳で痛みが知覚される。従って、「昆虫が痛みを感じているか否か」は、昆虫が痛みの刺激を受け取り、さらにその刺激が脳まで伝わり処理されているかどうか確認しないと結論がでない、ということになる。

昆虫の中枢神経(筆者撮影)

昆虫の中枢神経(筆者撮影)

「痛み」なのか、「反射」なのか

昆虫脳内のニューロンの集積密度の高さは目を見張るものがあるが、脳サイズは数ミリ程度しかない。ニューロンの数はせいぜい100万個程度であり、ヒトの約10万分の1以下となる。昆虫は絶対的な情報処理量に限界があるため、必要な情報に特化して効率よく情報処理を進めていく必要がある。

北海道大学の水波誠教授は、ヒトをはじめとする哺乳動物の巨大な脳に対し、昆虫の脳を「微小脳」と呼んだ。微小脳は容量が小さいため、匂いや熱や光といった感覚刺激のうち少数の刺激だけが抽出され、脳に必要な情報だけを伝達する傾向が強いという。一方、ヒトのような巨大脳は、容量の多さを活かして、感覚情報を脳に集中させ、膨大な情報を精密に処理する。

これに則れば、「昆虫は痛みの刺激を受けとったとしても、その刺激はふるいにかけられ、脳で処理されていない」と考えることも可能である。つまり、ショウジョウバエの熱や圧力刺激に対する逃避行動は、我々が沸騰中のやかんに触れて思わず手を引っ込めるような、脳を介さない「反射」である可能性も考えられるのだ。

昆虫は痛みの刺激を的確に受け取るだけでなく、その刺激を行動と結びつける能力もある。ショウジョウバエは、電気刺激を学習し明らかな回避行動を示すほか、ゴキブリにおいては鎮痛薬を投与すると電気刺激に対する反応が低下したとの報告がある。

キイロショウジョウバエ(wikipediaより)

キイロショウジョウバエ(wikipediaより)

一般に痛みを感じる動物は、将来の危険回避のために痛みを学習し、行動を修正していくと考えられている。実験結果からは昆虫も痛みを感じる動物と同様の振る舞いをしているといえる。しかし、実験結果は昆虫が「痛いと感じる」「苦しむ」といった感情を持つことを直接示したことにはならない。

昆虫の感情を実験でどのように証明していくか。科学のメスを入れるには、昆虫の脳神経科学のさらなる発展が必要なようだ。

他種の痛みを考える時代へ

昆虫と同じ無脊椎動物であるタコやイカなどの軟体動物、エビやカニなどの甲殻類においても、痛みを感じるか否かの研究が進められている。アメリカの実験動物資源協会(ILAR)の発行する科学雑誌では無脊椎動物の痛みに関する報告が多く存在する。また、カナダの動物管理協会(CCAC)などでも軟体動物の痛みの議論が進められている。

1980年代まで世界は新生児に対して痛みを感じないとしてきたことを考えると、人類は同種を超え他種の主観的な痛みを考えていく時代になってきたと言える。近年日本でも「魚は痛みを感じるか?」(ヴィクトリア・ブレイスウェイト著、紀伊國屋書店)という本が出版されたが、脊椎動物である魚ですら痛みを感じるか否かの議論はチャレンジングである。無脊椎動物の昆虫となれば、なおさらといえる。

軟体動物も痛みを感じるのだろうか(CATAG|フリー画像・写真素材集3.0より)

軟体動物も痛みを感じるのだろうか(CATAG|フリー画像・写真素材集3.0より)

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