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更なる原油安をも容認するサウジアラビアの真意 - 永田安彦

「1バレル20ドルになってもOPECは生産枠を維持する」(サウジアラビアのヌアイミ石油相)こうした同国の姿勢に他の産油国は悲鳴を上げる。サウジアラビアの本音はどこにあるのか—。

 原油価格が急落し、いわゆる逆オイルショックといわれる現象が起きている。この急落の要因となったのが、石油輸出国機構(OPEC)による価格調整機能の放棄であり、OPECを主導するサウジアラビアの原油市場に対する強い意思、すなわち、価格を犠牲にしても、市場シェアを維持するという方針であった。

サウジが意識する80年代の苦い記憶

 2014年12月22日には、サウジアラビアのヌアイミ石油相は油価がバレル当たり20ドルになってもOPECは生産枠を維持すると述べている。地政学リスクさえなければ、1バレル20ドルまでいかずとも、40ドルを下回る可能性は考えられる状況にある。

 ところでこうしたサウジアラビアの強い意思の背景には、「1980年代の苦い経験があった」(英王立国際問題研究所ポール・スチーブンス教授)。80年代前半は油価が高く、北海など非OPEC諸国の生産が伸びた時期で、原油市場は供給余剰に陥っていた。原油の高価格維持のため、サウジは自ら大幅な減産を行った。

 サウジの原油生産量は80年の1027万/日(b/d)から85年には360万b/dに低下した。結果として非OPECは減産の恩恵を受けたが、サウジは市場シェアを失うかたちとなった。OPECの生産シェアも大幅に減少し、80年の41.3%から85年には27.6%にまで低下した。サウジアラビアが減産を見送り、シェア維持の方針を採ったのはこうした過去の歴史への反省に基づいている。

 従前のOPECであったならば、原油価格急落に直面して、昨年11月の定例総会前に緊急総会を開催して、減産を選択したはずであった。確かに、ベネズエラはそれを主張したが、サウジを始めとする主要国の賛同を得ることはなかった。

過去4年で300万b/d以上
増加したシェールオイル

 OPECが油価の急落を黙認した理由は何か、それを主導したサウジアラビアの真意はどこにあるのか、様々な憶測が流れた。それは、米国のシェールオイルを標的にしたという説、また、アラビア湾を挟んで対峙するイランに圧力を与えるという説、そして、世界最大の原油輸出国であるロシアを標的にしたという説などであった。

 まず、シェールオイルは一般的にコストが50~80ドル/バレルといわれており、油価が50ドルにまで下落すれば、シェールオイルの生産は停止するといわれる。シェールオイルは過去4年間に300万b/d以上増加しており、急激な増加がOPECにプレッシャーをもたらしていた。


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 従って、年々増え続けるシェールオイルを敵視する考えが生まれてもおかしくはない状況にあった。また、原油輸出量を伸ばしている、世界最大の原油輸出国ロシアを苦々しく思ったかもしれない。実際、プーチン大統領は「原油価格は常に政治的な要素が関連している」と米国の関与を匂わすような発言をしている。ただし、OPECのエル・バドリ事務局長は12月10日、「原油生産枠を維持したのは、米国やロシアに圧力をかける意図はなかった」と述べている。

 OPECは価格安定化を目指して、これまでは世界の石油需給を彼らの生産の増減を通じて調節するスウィングプロデューサーとしての役割を果たしてきた。ところが、昨年11月27日開催の総会では、大幅な原油供給余剰のなかで減産を見送り、いわば調整役を放棄したかたちとなった。多くのメディアがOPECの役割の終焉といった指摘を行った。

 国別の生産枠の割当は現在決められておらず、仮に新たな生産枠を決定しても守られない可能性もあった。OPECが市場調節機能を放棄した結果、市場の変動性も高まってきており、今後は価格変動性が高い状態が続くとの見方もできる。

 OPEC総会後、市場では現状の余剰生産が続くとみて、原油は大きく売られ、高コストのシェールオイル、ロシアやイランを狙い撃ちしたかたちとなった。一部報道では、サウジが米国と組んでロシアに打撃を与える選択を行ったという陰謀説も出てきた。

 確かに、最も大きい影響を受けたのはロシアで、ルーブルは対ドル相場が2014年9月以降3カ月で36%も下落した。経済制裁と原油安のダブルパンチで、ロシアは財政を含む内政面で大きな課題を突き付けられている。イランについては、財政均衡油価が120ドル/バレルを超えているといわれ、油価下落により財政収支の大幅な赤字に陥る可能性がある。

財政均衡油価はサウジ89ドル
ベネズエラ162ドル

 原油価格が低水準で推移した場合、OPECを始めとする産油国の財政への影響が懸念される。サウジアラビアは対外資産が約7500億ドルに及ぶとされ、国家債務も非常に低水準にあり、財政収支の赤字が当分の間、続いたとしても、十分に耐え得る。財政均衡油価は89ドルといわれ、イランなど他の産油国よりは低い。ちなみに生産コストは4~5ドルである。

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サウジの財政均衡油価は89ドルと言われる
(NATIONAL GEOGRAPHIC/GETTY IMAGES)


 ただし、それが長期に及んだ場合は、財政の逼迫は避けられないであろう。他の産油国、特にナイジェリアやベネズエラは財政均衡油価がそれぞれ126ドル、162ドルで既に相当厳しい状況にある。産油国の多くは、石油製品、ガス、電力、水道などに多額の補助金を支払っているが、こうした補助金にも手を付けざるを得なくなるであろう。

 アラブの春以降、産油国は自国民の公務員等への給与を大幅に引き上げるなどバラマキを続けてきたが、こうした支出を含め、政府歳出全般の見直しを必要とするであろう。クウェートでは14年6月、政府が軽油補助金の廃止を宣言した。また、アブダビ首長国では同年11月、電力と水道の料金を15年より引き上げることを発表した。

 原油価格の下落は世界経済の景気を下支えする効果が期待できる。デフレ基調の先進国経済にとっては原油安がデフレを増長するとの懸念もあるが、消費国にとっては物流、燃料のコストを下げ、資源輸入国は貿易収支の改善につながる。

 一方マイナス面としては、今後の資源開発への投資が停滞することなど、将来の供給への懸念があげられる。米石油大手が15年の開発投資額を引き下げると発表するなど、原油安は将来資源の供給を縮小し、需給バランスの不均衡化をもたらす。石油需要は、新興国を中心に世界の人口増、経済発展により、将来増えると予想されており、供給が滞れば、再び資源価格は上昇することになる。

 世界経済において好調をキープする米国においては、近年のシェール革命により、原油生産量を急激に増やし、自給率を高め、エネルギー・インデペンデンスを実現する途上にあった。原油安は消費国としての米国にとってはメリットがある一方、シェールオイル生産業者にとっては当初は投資の縮小、後には操業の停止などのリスクをもたらす。

 さらに、ここにきて原油安は金融市場に大きな影響を及ぼしている。ロシア等の資源国の通貨が急落し、エネルギー関連の株や社債の価格が下落し、中東湾岸諸国の株価も大きく値を下げた。金融市場における摩擦が世界経済に及ぼす影響も注視する必要がある。

OPECでなく実需が決める原油価格

 原油価格は現状では5年ぶりの低水準にある。OPECが現状の生産水準を維持していくならば、15年の上半期において、100万b/dを超える供給余剰に陥る。価格が下落するなかで、シェールオイル生産業者などの高コストの供給者は生産を停止するところも出てくるであろう。そうしたなかで、早ければ15年下半期にも石油需給が均衡化に向かう可能性もある。ただし、原油価格が反転するには、原油安で新興国を始めとする石油需要が上向くという強いシグナルを必要とする。

 OPECが油価の調整を市場原理に委ねる判断をしたことで、今後原油価格は変動性を高めていく可能性が高い。原油供給途絶につながる地政学リスクの高まりといった状況にすぐに原油市場が反応する可能性がある。原油価格は機能不全に陥ったOPECでなく、実需が決める1年になることが予想される。

 次回の定例総会は15年6月5日に予定されているが、OPECの盟主であるサウジが20ドルに下落してもOPECは減産しないと明言しており、油価が低水準で推移しても、6月以前に緊急総会が開催される可能性は低いだろう。

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減産しないことを発表したサウジのヌアイミ石油相 (AP/AFLO)

 ただし、このOPECのシェア維持の方針にはリスクが伴う。OPECと非OPECの戦いは85年から99年まで続いたとされ、開始時と最後には原油価格は10ドル台にまで低下した。今回のOPECと非OPECの新たな戦いがどのような結末を迎えるのか、原油価格の安定は世界経済とも密接に結びついており、特にサウジアラビアを始めとする今後の市場動向に注目が集まる。

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