記事

人はなぜ”ホームレス”になるのか? ~TENOHASIのサイトより”ホームレス”たちの声~

いわゆる”ホームレス”の人たちが、役所が閉まる年末年始に、年を越せるよう支援する「ふとんで年越しプロジェクト」が行われ、身を寄せる居場所がない人や仕事を失った人に宿泊先を無償で提供するなどの支援を行った。

気温5度。200人の路上生活者らが列をなし、白い湯気をたてるカレーをかきこんだ。「あったまるなぁ」との声が聞こえる。

出典:ホームレスにあったか年越し支援 炊き出しや生活相談(朝日新聞)

一方、ネット上などでは、あまり”ホームレス”状態の人々の実情に詳しくない方々から、支援活動についての様々な疑問が支援団体には日々寄せられている。また、一部には支援団体の活動に関する誤解もあるようだ。

年末年始は役所が閉庁し、福祉行政の機能が停止するため、各地で路上に取り残された人々を支援する活動が行われています。今回は東京の渋谷区が炊き出しを妨害するために区内の3公園を封鎖するという暴挙に出たこともあり、大きな注目を浴びました。ただ、今回の公園封鎖をきっかけに野宿者問題に関心を持った人の中には、「年末年始だけ活動をしている」、「炊き出しだけをしている」といった誤解をしている人もいるようです。

出典:年末年始だけではなく、炊き出しだけでもない!野宿者支援の広がり(稲葉剛 自立生活サポートセンター・もやい理事、一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事

”ホームレス”について、より理解をして頂き、少しでも誤解が解消されればと思い、TSNOHASIのサイトより、「なぜ”ホームレス”になるのか」など”ホームレス”の方々の声を引用させて頂きたい。

なぜ人は”ホームレス”になるのか?

■派遣で働いていたけれど、解雇され、次の仕事も見つからなくて最初はネットカフェ暮らし、そのお金もつきて野宿になりました(40代男性)

■建築現場のとび職として働いていたけれど、怪我をして働けなくなりました。ほかの現場仕事を探したけれど不景気で雇ってくれるところがなく、路上生活になりました(60代男性)

■10年以上、同じ飲食店で働いていて、このままずっと働けると思っていました。しかし不景気で店がつぶれ、ほかに雇ってくれる店もなく、アパートの家賃が払えなくなって路上生活になりました(40代男性)

■家が貧しくて高校を中退して上京。正社員になりたかったけれどもどこも雇ってくれず、アルバイトを転々としているうちに病気になってアパートの家賃を払えなくなり、「ホームレス」になりました(30代男性)。

■公務員でした。投資に失敗して借金を返せなくなり、公金に手を出して逮捕。家族とは縁を切られ、出所後、「ホームレス」になりました(50代男性)

■年金でアパートを借りて生活していました。しかし認知症になって入院中にアパートの契約を解除されてしまい、年金の通帳は親族が握っているので帰るところがなくなり、野宿になりました(70代男性)

■家族を介護して生活が困窮しました。公営住宅で両親の介護をしていましたが医療費が足りず借金を負ってしまい、両親の死後、家賃が払えなくなって強制退去になりました。そのときに役所に相談しても何もしてくれませんでした。(60代男性)

出典:なぜ「ホームレス」が生まれるのか、なぜ抜け出せないのか

福祉の「制度」と「制度」のあいだに、どの制度からも見捨てられた人たちが落ちる「谷間」ができる。「誰か」のためにつくられた「福祉」だが、制度が固定化されると、その「制度」が認めたタイプの人しか助けられないという矛盾が起こるのだ。

■生きる理由が問われた
「父親からバットで殴られていました。肉親が相次いで自殺し、再起をしようとした寸前で詐欺にあい家を失いました」。生活保護を知らなかったそうです。精神疾患を発症して死ぬしかないと思いつめられていたときにTENOHASIに出会い、生活保護で入院。退院後は、アパート生活をされています。「アパート生活も路上生活も、苦しいのは変わらないのですね」とおっしゃっていました。

■自分が困っているかわからない
極貧家庭で育ち、両親から「早く働いて仕送りをせよ」と強要されていたそうです。面倒なことにならないように、いわれたことには何でもハイと答える習慣が身につき、自分が困っているかどうかもわからなくなりました。疲労や空腹をぼんやりとしか感じられず、ボロボロになっても働き続けようとしました。また噂話を真に受けてパニックを起こす障がいもありました。TENOHASIの炊き出しで出会い、現在は生活保護でアパート生活をされています。

■義務教育を受けたことがない
「義務教育は受けたことがない。自分の名前しか(文字は)書けない。山奥で牛の世話をしながら生きてきた」とおっしゃっていました。午後3時に待ち合わせをしたら朝の9時からその場所で待っておられました。TENOHASIのシェルターにご案内しましたが、いつの間にか、どこかへいなくなっていました。

■父親の暴力から逃げてきた
「小さいころ、父親から暴力を受けていました。逃げるために家出を繰り返しました。あるとき、母親が自殺していたのを知りました。私は覚悟を決めて、公園で暮らすことにしました」。父親はこの方の障がい者手帳を作り、障がい者年金の手続きをしていたことが、あとからわかりました。しかし、その年金がご本人の手に届くことはなかったそうです。TENOHASIの支援で生活保護を申請し、住居を確保。現在、年金を取り戻す手続きもしています。

■特殊学級を出て
中学の特殊学級(いまの特別支援学級)を出られましたが、計算が全くできず、いつ怒られるかといつも不安だったそうです。「子どもや動物のように、お金のない世界で生きたい」とおっしゃっていました。

工場に就職した10代のときに、同僚から、酒とシンナーを教えられ「死ぬ一歩手前までいった」。両親が亡くなったあとは、兄弟から見放され路上生活に。それから20年あまりを路上で過ごすなかで、いろいろなタイプの施設にも入ったそうですが、「人間関係が怖くなって」無断で施設からいなくなることを繰り返しました。TENOHASIの夜回りで出会い、現在は、金銭管理と服薬支援によって、アパート生活をされています。

■ごみ屋敷
軽度の知的障がいがあり、自衛隊で働いた時期もあったのですが、精神疾患を発症して、長いあいだ精神科病院に入院されていました。退院後「いろいろあって」路上生活になったそうです。いろいろと、というのはどうも、「部屋の片づけができない」ことだったようで、部屋がごみ屋敷になって、追い出されてしまったようです。TENOHASIの支援で生活保護でアパートに入り、ボランティアスタッフが入れ替わり立ち替わり部屋の掃除を手伝っています。最近は、公的なサービスも利用できるようになりました。

■アルコール依存症
「刑務所を出たあと、まじめに何十年もの間、同じ会社に勤めた」が、いつまで経っても正社員にしてもらえなかったそうです。しだいにお酒の量が増え、依存症になって路上生活に。TENOHASIの支援で生活保護を受けてアパートに入居されましたが、聴覚が過敏で、隣人の物音が気になってストレスになりました。お酒はやめられず、現在は長期入院となっています。

■裸で路上にいたお婆ちゃん
70歳を超えた女性の方と、駅の地下で出会いました。裸で寝ていました。両親の残したアパートを経営されていましたが、幻覚妄想の統合失調を発症して入院し、その間にアパートが人手に渡ってしまったようでした。本人は、今でも自分のアパートがあると言っています。TENOHASIの支援で生活保護を受けて精神科病院への入院となりました。退院後は、介護を受けながらアパートで穏やかに暮らしています。

■単身生活の認知症者の行方不明者は多い
アパートで単身生活をされていましたが、認知症が悪化してアパートに帰れなくなってしまい路上生活となりました。このような認知症の方が公的な支援を受けるためには介護保険の申請をしなければならず、そのためには住所の設定が必要です。しかし1人暮らしができない認知症の方が入居できる部屋などありません。とりあえずTENOHASIのシェルターで保護して生活支援をし、今は介護保険を利用して老人施設で生活されています。

■難病だとわからず、いじめを受け続けてきた
皮膚の難病で、精神疾患の合併症もおもちでした。その皮膚のために、ひどいいじめを受けてきたとのことでした。しかし、誰にも病気を発見されず、本人も病気だとは知らずに生きてきました、簿記の資格も取っていたのですが活かすことはできず、路上生活になりました。そのときに偽装結婚をもちかけられましたが、頼まれると断ることができないため言われるままに偽装結婚して逮捕されてしまいました。出所後、TENOHASIの炊き出しで出会い、病気がわかりました。今は、医療を受けながら作業所に通っています。

■余命3か月
いつお会いしても、スーツにネクタイの粋な服装をしていた方でした。10年間、空き缶を拾って路上で自立生活をされてきました。いくら支援を申し出ても断られてきましたが、ある冬の日、公園で倒れられたので病院にお連れすると、余命3か月の末期がんと診断されました。

手術を受けて体調は良くなりましたが、その病院には長くいられず、次に移った病院ではベッドに拘束されるような扱いを受けました。そこで、TENOHASIのシェルターで迎え入れ、24時間、ボランティアスタッフが交代で見守りました。おおいに食べて、煙草を吸って、大好きな将棋を指す、という生活を続けられ、一緒に故郷への旅にも行きました。いよいよ起きられなくなったときに、医療相談ボランティアでもある医師の病院が受け入れてくださり、最期まで自分らしく過ごされました。

■自死された方
刑務所、精神科病院、路上生活、施設とのあいだを、何十年ものあいだ、行ったり来たりしたとのことでした。3度結婚されていますが、いずれも続かなかったそうです。知り合ってから3年ほどおつきあいしましたが、ある年末の夜回りで「年が明けたらもう一度福祉事務所に相談に行きましょう」とお話しして別れた翌日、電車に飛び込こんで亡くなりました。70歳の誕生日でした。あの日に、どこかにお泊めすることができたら自死されることもなかったかもしれませんが、その頃のTENOHASIはシェルターを持っていませんでした。私たちが、シェルターの運営を続けている理由です。

■救急車に乗らなかった
どこかの病院から無断で出てきたようで、池袋の路上に倒れていました。頭の手術をしたばかりのようで、糸が縫いつけられたままでした。言語は不明瞭でどこの誰かわかりませんでした。救急車を呼んだのですがかたくなに乗車を拒まれたので病院にお連れすることができず、やむなく公園にテントを張って交代で介護をしました。会話はほとんど成立しなかったのですが、体を拭いてさしあげると何度も「ありがとう」と言ってくださいました。何度も病院に行くよう説得しましたが拒否され、やがて意識がもうろうとしてきたときに救急車で病院へ。翌朝に亡くなりました。最期まで、どこの誰であったのかわかりませんでした。

■認知症の父と統合失調症の息子
親子で路上生活をされていました。何らかのトラブルに巻き込まれて東京に逃げてきたそうです。東京に逃げたあとは、父親が日雇いなどをしながら、障がいのある息子を養っていたようでした。しかし、仕事がなくなって路上生活に。父親は認知症になって行方不明になり、息子さんは駅に取り残されたようです。それから2年間、息子さんは駅の同じ場所で、ずっと立っておられました。自分が困っているかどうかが認識できず、会話がなかなか成立しなかったのですが、夜回りのたびに声をかけるなど少しずつ関係を作りました。ある日、「腰の痛みを何とかしてほしい」と助けを求めてくださったので、医療につなぐことができました。今は治療を受けながら、グループホームに住んでいます。父親の行方はいまだにわかりません。

*聞き取った内容をもとに典型的な事例に再構成しました。

*モデルになった方の承諾を得ています。

出典:なぜ「ホームレス」が生まれるのか、なぜ抜け出せないのか

なぜ”ホームレス”から抜け出せないのか?

ホームレス状態に陥ってしまうと、そこから自力で抜け出すのはきわめて困難です。住所と携帯電話のない人を雇ってくれるところはまずありません。また、その弱みに付け込んでただ働きをさせる悪質な飯場がたくさんあります。そこで、行政の支援策を使うことになります。支援策は主に就職を目指す「自立支援事業」と、最低限の生活費と家賃、医療費などを補助する「生活保護」の2つです。

学歴や経験・技能や資格がある方なら、あるいは家族や友人の支援があれば、いっときホームレス状態に陥っても、抜け出すのはさほど困難ではないかもしれません。自立支援事業を利用して就職活動をすれば、有資格者などを求めている企業は見つかる可能性があります。

しかし、多くの方はそうではありません。それらの方がホームレス状態から脱出するのは容易ではないのです。

「努力しても結局どうにもならなかった、自分はダメな人間だ」とおっしゃる方に多く出会いました。家庭の貧困や障がいのために学歴も技能もなく、虐待やいじめなどのつらい経験をたくさんされてきた方がたくさんいらっしゃいます。将来に対する強い不安を持っている方がほとんどです。そしてホームレス状態になってしまうと、ストレスから“うつ”などの精神障がいを抱える方も少なくありません。

仕事につけなければ、最後のセーフティーネットである生活保護を利用することになります。しかし、生活保護が認められても、行政に指定された宿泊施設が劣悪で、障がいがあるために、集団生活でいじめに遭ったり、疲労や不調などで感覚的に繊細な状態になって耐えられなくなったりして路上に戻ってしまう方がかなりの割合でいらっしゃいます(非公開のデータですが、ある施設では生活保護を受けて入所した人の半数以上が入所中に逃げ出して「失踪廃止」となっています)。

そのような方が再度生活保護を申請すると「脱落者」としてさらに劣悪な施設に行かされることもしばしば。そのような経験を繰り返すと「こんな思いをするくらいならもう『ホームレス』のままがいい」と思って「路上に引きこもり」状態になることも少なくありません。路上生活歴の長い方の多くがそのような経験をされています。

出典:なぜ「ホームレス」が生まれるのか、なぜ抜け出せないのか

どういう支援が必要なのか?

1人1人にあった支援、これに尽きます。

社会経験豊富な方ならば、行政の支援策を説明したパンフレットをお渡しして、自力で申請していただくだけで終わります。働ける方は就労へ、それが難しい方は生活保護で、自分らしい生活をいとなむことができます。

しかし、多くの方はそうではありません。

制度をよく知らない方が生活保護を申請しようとして役所の窓口に行っても、あれこれ詮索され、嫌みを言われ、申請しないように仕向けられることがしばしばあります。また、「相部屋の寮は耐えられない」とおっしゃる方にしばしば出会いますが、その中には診断を受けていない発達の障害で感覚の過敏のある方がいらっしゃいます。それをうまく説明できないと相部屋の寮に入るよう指示され、多くの場合、失踪してしまいます。これらの方々には、支援者が同行して、行政との折衝のお手伝いをする必要があります。

出典:なぜ「ホームレス」が生まれるのか、なぜ抜け出せないのか


”ホームレス”についての理解と包摂のお役に少しでも立てばと思う。

参考サイト: 「あいつ死んだんじゃないか?」世界の医療団ホームレス支援活動。(Webダ・カーポ/マガジンハウス)

東京プロジェクト(世界の医療団)

(本コラムの筆者はTENOHASHI並びに自立生活サポートセンター・もやいと、協力関係にある「世界の医療団」に所属しています。)

※Yahoo!ニュースからの転載

あわせて読みたい

「ホームレス」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ナンパの聖地 コリドー街に驚き

    内藤忍

  2. 2

    よしのり氏 禁煙巡るヤジ許せぬ

    小林よしのり

  3. 3

    世界称賛 必見の和製ゾンビ映画

    松田健次

  4. 4

    舛添氏 国会ヤジ問題で党に苦言

    舛添要一

  5. 5

    思い出のブロック塀が安全を阻む

    赤木智弘

  6. 6

    「医師に拳銃を持たせて」の真意

    中村ゆきつぐ

  7. 7

    「万引き家族」ストーリーに疑問

    (チェコ好き)

  8. 8

    問題解決能力のない国会に改革を

    玉木雄一郎

  9. 9

    新AppleWatch 物理ボタン廃止か

    フォーブス ジャパン

  10. 10

    仮想通貨取引所を規制で潰す日本

    Hayato Ikeda

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。