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人間 vs. コンピュータ - 森宏一郎

将棋のプロ棋士とコンピュータソフトが対戦する電王戦が第4回をもって終了するという衝撃のニュースが飛び込んできた。毎年、非常に楽しみにしていただけに、個人的には残念なニュースである。

電王戦とは、5人のプロ棋士と5つのトップ・コンピュータソフトが戦う団体戦である。2014年3~4月に行われた第3回の電王戦では、プロ棋士は1勝4敗で敗れた。第2回の電王戦でも、プロ棋士は1勝3敗1引き分けで敗れているので、2年連続の敗戦である。

以前に、ここのコラムで、電王戦について書いた(「計算 vs. カン」を参照)。今回のコラムでは、その続編として、人間の思考力がコンピュータソフトの思考力に敗北したのかどうかについて考えてみたい。

◆人間の学習 vs. コンピュータソフトの学習

プロ棋士敗北の結果を表面的に見ると、コンピュータソフトが人間を超えたということになるかもしれない。だが、本当にそうなのだろうか。

近年急速にコンピュータソフトが強くなっているのは、全幅検索という方法に加えて、「機械学習」の能力が革新したためであるという。機械学習とは、プロ棋士同士の対戦における指し手の記録(棋譜と呼ぶ)をデータとして読み込んで、どの指し手が優秀なのかをソフト自らが学習していくことである。

機械学習において、ソフトのプログラマーの腕の見せ所は、駒の損得、駒の配置、王の安全度などの複合的かつ複雑な情報について、どの情報を重視してどのように評価するのかを的確にプログラムするところである。

この評価の仕組みがうまくいかなければ、コンピュータソフトは機械学習の際に間違った評価をしてしまい、その結果、実戦でも不正解の手を指してしまうことになる。この部分は、人間の学習プロセスとよく似ており、ソフトの機械学習 vs. 人間の学習の戦いとも言える。

ただ、注意しておきたいのは、記憶力についてはコンピュータソフトの方が人間よりも間違いなく優れているということである。ソフトは学習した情報をそっくりそのまま記憶しているが、人間は全てを正確に記憶しているとは限らない。

過去の全てのプロ棋士の指し手を正確に再現できる点で、コンピュータソフトが人間よりも優位なのは当たり前とも言え、そこに驚きはない。もちろん、機械学習プロセスの重要性やその際のプログラムの創意工夫を否定するつもりは全くない。

ただ、過去のプロ棋士の指し手をベースにして学習しているならば、まだプロ棋士の優位性は揺らいでいない感じがしており、本当にプロ棋士側の敗勢が確定したのかという疑問が残る。ソフトは完璧な記憶力をベースに勝っているように見えるからである。

たとえば、習甦という将棋ソフトは、将棋界の第1人者である羽生善治氏の指し手を重要視するプログラムになっている。この場合、ソフト自身の思考力の強さというよりは、羽生氏の強さを的確に再現するプログラムの凄さと言うべきではないだろうか。

ただ、私としては、このようなソフトの凄さに対してあまり期待していない。与えられた将棋というゲームのルールの下で、プロ棋士がやってきたこととは独立に、ソフト自らが指し手を創造して、それがプロ棋士を上回ってほしい。これは素人考えだろうか。

◆固定観念

機械学習によってコンピュータソフトが飛躍的に強くなったのは素晴らしいことかもしれないが、やはり過去のプロ棋士の指し手をベースにしているという点で、もう1つ気になることがある。それは悪い意味での固定観念が保存されるのではないかという危惧である。

将棋の指し手は10の220乗通りあるといわれ、全ての局面を計算して評価することは不可能であるといわれる。それほど奥が深い世界で、過去のプロ棋士の指し手をベースにしてしまっては、想像できないような新しい指し手を見つけるチャンスを大きく狭めてしまうことになりはしないだろうか。

プロ棋士の世界でも、藤井猛氏が考案した藤井システムのように、これまで非常識とされていた指し手を有効な勝てる手に変革してしまうことが起きてきている。単純計算の正確な繰り返しを得意とするコンピュータには、既存情報に頼るのではなく、ゼロベースから幅広く研究してもらって、新しい有効手を見つけてもらいたい。そして、その方法をプログラムとして確立してほしいと思う。

実際、機械学習によって強くなったソフトの弱点は、機械学習するために必要な過去の棋譜が少ない戦法では弱いことである。第3回電王戦では、豊島将之氏が、棋譜が少ない横歩取りという戦法を採用して、コンピュータソフトに完勝した。豊島自身も、棋譜が少ない横歩取りではソフトは不利になると予想していた。

豊島氏によれば、手本が少ない場合、コンピュータが自ら考えなければならず、まだプロ棋士の方が有利であるという。さらに、一般的にソフトは終盤に強いと言われているが、終盤の長い読みは棋士の方がまだ有利だとも言う。コンピュータはしらみつぶしで考えていくので、他の余計な手も考えるため、実はそれほど深く読んでいるわけではないとのことである。

こういう見方が正しいとすれば、人工知能とは言っても、人間の知識・知恵の蓄積が不十分な世界では、ソフトは使い物にならないということになってしまう。やはり、この点に関しては、ソフトが独自に創造していく方法の確立というような、もっと大きなものをコンピュータソフトに期待したい。

◆機械学習の意義

ここまで、機械学習に対して否定的なニュアンスの文章を書いてきた。しかし、人工知能の現実的な応用を考えると、機械学習は大きな意味を持つ。

コンピュータソフトが、人間が蓄えてきた知識体系を丸ごと完璧に記憶し、それをすべて使って必要な判定(評価)や意思決定を正確にできるならば、人間の代替が務まる可能性があるうえ、時には人間が見逃してしまう重大なことを人間に教えてくれる可能性も出てくる。

将棋というゲームではなく、現実的な問題解決での補助ツールを生み出すという部分で、この機械学習は大きな威力を発揮する。実際にそのような研究が行われているという。

たとえば、医療現場での初期鑑別診断において、症状に関するいくつかの質問に答えていくと、これまでの膨大な医療の知見が蓄積されたデータベースを基に、可能性の高い病気が何であるかをソフトが教えてくれる。他にも、この種の応用研究として、自動車の自動運転プログラムや文章の自動修正プログラムなどがある。

将棋ソフトの研究はゲームに勝つためだけに行われているわけではなく、複雑な情報を同時的に考慮しなければならない場面で正しい意思決定を行う仕組みを作り出すために行われている点には留意しなければならないだろう。

◆おわりに

約40年前、プロ棋士が紹介されている年鑑で、コンピュータソフトがプロ棋士を負かす日がいつ来るかという問いに対して、ほとんどの棋士がそんな日は来ないだろうと答えていた。興味深いのは、第1人者の羽生善治氏は「2015年」と答えていたことである。

2012~2014年、現実に、その日がやってきた。しかし、コンピュータソフトはプロ棋士の知恵の蓄積から脱却しているわけではない。プロ棋士が蓄積してきた知恵を活用して、コンピュータソフト、そのプログラマー、プロ棋士の3者での共同作業を行っている状況にあるのではないだろうか。

そんな意味からなのか、2015年の第4回をもって、プロ棋士とコンピュータソフトが戦う団体戦は終了するようである。今後、この種の知の格闘がどうなっていくのか、非常に楽しみであり、注目していきたい。

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森宏一郎(滋賀大学国際センター 准教授)

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